第百五十五章 ヴィンシュタット 3.身代わり募集
マリアたちがエクササイズとトレーニングにハマったせいで緊急性はやや低下したが、カイトたちを外に出す新方針に変更は無い。という事はつまり、カイトたちに代わってヴィンシュタットに常駐する人材は依然として必要という事だ。
――その人材をどこからリクルートしてくるか。
図らずもこの問題に一つの答えを寄越したのは、そういう事情はまるで知らない筈のネスのやつだった。
『ははぁ……カイト殿たちがここを離れる場合の代任ですか』
『うん、そう。ネスさんが生まれる前に、そういう話をしてたんだ』
『それで、協力してくれそうな怨霊をという事ですか……成る程。キーン殿から話を聞いた時には何かと思いましたが……』
『こういう話になるのは珍しい事じゃないから、ネスさんも慣れた方が良いよ?』
……おぃ、キーン。言ってる事は間違いじゃないが、お前ももう少し言い方ってもんをだな……
『そういう事情でしたら、これはお話ししておいた方が良いかも知れませんな』
……何?
『ネスさん、何か知ってるの?』
『いえ、あの若者……スキットルといいましたか? 彼との雑談の中で、そういう話が出たのですよ』
『あぁ……アレも一応は死霊術師だったっけ……』
予想外にもネスが雑談の中でスキットルから聞き出していたのは、かつて国事犯などを死ぬまで閉じ込めていたという塔の事だった。今は廃墟となっているらしいが……
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『ははぁ、成る程。フォルカの事ですか』
『フォルカ?』
『古い言葉で「絞首台」という意味です。正しくはトーレンハイメル城館といった筈で、かつては牢獄か幽閉所のような目的に使われていました。監獄とは言っても事実上の処刑場で、絞首刑も行なわれたと聞いた憶えがあります』
ネスから耳寄りな話を聞き出したクロウは早速オドラントに飛ぶと、元テオドラム貴族で将軍であったペーターに事情を問い質した。その質問に対するペーターの答えが、上のようなものであった。
『ペーターは知っていたのか?』
『歴史としては。怨霊が出るとかいう話は初耳ですが、確かにあそこなら、テオドラムに怨みを持つ死霊の一体や二体、地縛霊となっていてもおかしくありませんね』
まだテオドラムという国の体制が整う前に叛乱を起こした者や、クーデターを企てた者、大勢の貴族を暗殺した者などに混じって、交戦国の捕虜なども幽閉されていた場所らしい。
『ただ……何分にも大昔の事でして……怨霊はともかく、アンデッドとして蘇らせる事のできそうな屍体が残っているかどうかは……』
こればかりは、行ってみない事には判らないという。
『ふむ……現場での確認は必須という事か』
ならば行くしかないだろうと腹を決めるクロウであったが、問題は人目に付くかどうかである。
『そこまでは何とも……位置的には、村人たちが近寄ってもおかしくない距離の筈ですが……』
『あぁ……怨霊の噂などが広まっていれば、怯えて近寄らん可能性もある訳か』
『はい。これも現地に行かないと判りませんので』
『村人たちの反応まではなぁ……テオドラムとしてはどうなんだ? 見廻っていたりはしないのか?』
『そこまでしてはいない筈です。盗賊や冒険者が拠点に利用するのも難しいほど荒れ果てていると聞きますし。拠点に使われる事をお考えでしたら、村との距離が微妙なので、お奨めできないかと』
『ふむ……一応は人目を避ける必要があるか……』
現地への移動はアンシーンのステルス能力を使えば大丈夫だろうが、現場を見て廻る時には船から下りて歩き回る必要がある筈だ。それを考えると、万一姿を見られても、あまり不審に思われないような時期と格好を選ぶ必要がある。
『夜に動くという選択肢もあるが、逆に言えば夜に姿を見られた場合、言い逃れができないからな』
『そうしますと……村人に化けるのは難しいでしょうし、国軍の兵士もあの辺りには来ないでしょう。仮に来た場合も小隊以上、場合によっては中隊規模になる筈ですから、数名で動いていれば不審を抱かれるかと』
『後々密告されても面倒になるな。そうすると、残る選択肢は……冒険者もしくは行商人か?』
『現実問題としては、冒険者しかないでしょうね』
『なら……冒険者の連中が動き出すのは雪融け後になるか……』
『もう少し後になって、足場がしっかりしてからでしょう。冒険者であれば、一夜の宿を求めて廃墟に足を向けるのも、一応は納得されるでしょう』
『そうだな……それでいくか……』
これにて第四部終了となります。次回からは第五部に入ります。




