表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
669/1815

第百五十三章 モルヴァニア 4.テオドラム王城

 二月の半ばを少し過ぎた頃、



「モルヴァニア陣地に増援があったというのは本当か!?」



 血相を変えて軍務卿の執務室に飛び込んで来たのはジルカ軍需卿である。不確かな情報に振り回された同僚を見て、レンバッハ軍務卿は溜息を()いた。



「……落ち着け。増援ではない、補給だ」



 最悪の事態は避けられたと知り、安堵の溜息を漏らした軍需卿であったが、すぐに気を取り直して問いかける。



「それを聞いて一安心だが……何のために?」

「解らん。(そもそも)、補給の件を察知できたのも幸運の……もしくは神の恩寵のなせる(わざ)なのだ」



 レンバッハ軍務卿の説明するところに()れば、こういう事らしい。

 現在は作業が凍結されているとは言え、シュレクの砦はいずれサブ拠点を増築する事は決定している。その場所についても大まかには決定しているのだが、偶々(たまたま)その候補地から街道へ出るまでの道筋を確認に出向いた監視兵の一人が、モルヴァニアの監視陣地へ向かう隊列を視認したのだという。



「内容までは判らなかったが、荷車数台を連ねている割に歩いている兵士の数が少ない事から、補給ではないかと判断している。兵士を荷車に乗せている可能性はあるが、そうすると今度は物資の数が不足する筈だ。最も整合性の高い推測が、物資の補給という事だ」

「だが……()りに()ってなぜまたこんな時期に補給を?」

「そこが問題なのだ」



 テオドラム側はモルヴァニア軍が斥候隊を派遣してシュレクの砦を探った事を知らない。そこに砦がある事は知られていても、その規模や兵力までは知られていないものとして考えていた。自分たちは飛竜兵の報告でモルヴァニアの陣地の規模や構造を知っているが、モルヴァニアが飛竜を飛ばしたという報告は受けていない。ゆえに兵力配置は秘匿されている筈だという理屈である。まさかシュレク近辺の村人たちが、(こぞ)ってテオドラムに反感を抱いているなどとは、彼らの想像の埒外(らちがい)にあった。


 ――そうすると、必然的な結果として、疑心暗鬼というところに落ち着く。



「やつら……雪融けを待って攻撃に移るつもりか?」

「いや、それも少々おかしな話だ。二個中隊で我が陣地を攻撃するというなら、奇襲しか考えられん。だが、奇襲を考えているなら、発見される可能性が高い補給部隊を、その直前になって送り出すか?」



 何か企んでいると触れ回るようなものだぞ、というレンバッハ軍務卿の指摘には、ジルカ軍需卿も首を(かし)げて同意せざるを得ない。さりとて強襲を考えているなら、送られて来るのは補給ではなく増援の筈だ。



「とすると……一体どういう事になるのだ?」

「報告が届いて以来、部下たちとあれこれ議論していたのだがな。何か急に補給を要するような事態が(しゅっ)(たい)した、としか考えられんのだ」

「ふむ?」

「そこで軍需卿のお知恵を借りたい。何が起こったのだと思う?」



 いきなり難問を丸投げされたジルカ軍需卿であったが、しかし確かにこれは軍需卿の職掌である。国務会議の前に教えてくれた事を感謝すべきであろう……難問を振られた事を恨むのではなく。



「真っ先に思い付くのは疫病だが?」



 緊急性の高い搬送だというなら、誰しも思い付く内容を挙げる。しかし、軍務卿は浮かぬ顔のままである。



「それはこちらでも考えた。だが、薬を運ぶにしては隊列が大き過ぎる。第一薬を運ぶというなら、緊急性が高い事と荷物が軽い事から、飛竜を使う方が妥当だ」

「補給品の内容は判っておるのかね?」

「確実なところは判らん。ただ、大きさや形などからして、食糧と防寒衣ではないかとの見立てだな」

「食糧か……なら、栄養失調という事は考えられんか?」

「栄養失調だと?」

「あぁ、貴官には釈迦に説法だろうが、例えば長期に亘って新鮮な食糧を得られない船乗りなどでは、体調を著しく害する事があると聞いている」

「だが、軍ではそのあたりも考慮した補給計画を立てている筈だ」



 今更栄養失調などとは考えにくい。そう反論するレンバッハ軍務卿であったが、



「忘れたのかね? 彼らは(そもそも)()(そう)の毒を調べるために派遣されたのだぞ?」

「待て。()(そう)にそんな作用があるのか?」

()(そう)には無いかもしれん。だが、ダンジョンの毒が地下水を汚染していると考えるなら……」

「むぅ……あり得ぬ話ではないか……」



 濡れ衣である。



「しかし、そうなると我が陣地の水補給についても……」

「少なくとも、兵の健康状態を確認しておいた方が良いだろう」

「すぐに確認させよう」



 レンバッハ軍務卿が脇に控えていた従兵に何やら言い付けると、従兵が部屋を飛び出して行った。



「貴重な助言を感謝する。他に考えられる事は無いかね?」

「そうだな……あるいは……」

「あるいは?」

「雪融け後の出動に備えて、英気を養うための補給か」

「だが、先程も言ったように……」

「あぁ。軍事行動ではないかもしれん。しかし、だからといって彼らが何もしないと考えるのは、虫が好過ぎはせんか?」

「非軍事的な行動を起こすと? それはどういう……」

「そこまでは一介の軍需卿には判らんよ。だが……そうだな、例えば、近くにダンジョンの入口を見つけたとか……」

「ダンジョンだと!?」

「落ち着きたまえ。あくまで仮定……いや、想像でしかないのだぞ? 他にも色々考えられるだろう。ただ、防寒衣は寒い時期の、言い換えるなら早い時期からの活動を暗示しておらんか?」

「むぅ……」



 二人が討議した内容は国務会議に上げられ、とりあえずはモルヴァニアの動きに備えるべきだとして、モルヴァニア陣地の監視と哨戒を厳にする事が決定した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ