第百五十一章 王都イラストリア 2.古酒をめぐって(その1)
「今更言っても詮無い事ですが……余計な燃料を投下しましたな」
「うむ……」
「あれだけの味なのじゃから、仕方のない事であろう」
「災厄の岩窟」を描いた版画についての検討を終えた一同が俎上に載せた次なる話題は、亜人たちが持ち込んだ古酒の件である。
本来なら単なる趣味嗜好品の一つであったろう「古酒」が、非公式とは言え国王を交えての検討会で取り上げられるまでになったのは、何より彼により国王がその価値を王国貴族たちの間に知らしめたから、これに尽きる。
古酒のあまりの美味さに驚いた国王が、それを――無分別に、不用意に――国務卿たちに振る舞った結果、その古酒の美味さに驚愕した貴族たちが、流行に乗り遅れては一大事とばかりに古酒の入手に目の色を変える事になった。その結果引き起こされたアレコレについては既に述べたが、不本意ながらも一連の騒ぎの原因となった国王は、さすがにきまり悪げである。
「今は火元を追及するのではなく、この一件の問題点について検討すべきでしょう」
ウォーレン卿のフォロー――フォローだよな? 追い討ちじゃ無くて?――の中でナチュラルに火元と断じられた国王は、些か微妙な面持ちである。
「だがよウォーレン、いくら騒ぎになったっつっても、所詮は酒だろう? この場で取り上げる必要があるのか?」
ローバー将軍の疑義に他の二人も同調しているようだが、事も無げにそれを封殺するのがウォーレン卿である。
「理由は少なくとも二つ。まず、マナステラへの対応があります」
「マナステラか……」
「過敏な反応を示しやがったよな……」
少しばかり説明しておこう。
これまでにも再三述べてきたようにマナステラは、亜人との共栄を標榜して、それに批判的なクリーヴァー公爵家を粛清するという暴挙にまで至りながら、政争のダシに使われたと感じた亜人たちとの間に却って溝を作るという不首尾に終わっていた。その一件で味噌を付けた役人たちからすれば、亜人がマナステラよりも先にイラストリアで古酒を販売したという事は、看過し得ない大事件であった。先に連絡会議の事務局がイラストリアのエルギン領――マナステラではなく――に設けられた事もあって、訣別を告げられたような気になったのである。
……ちなみに、事務局がエルギンに設けられたのは単に亜人の人数が多いのと、それ以上にクロウの拠点に近いというのが理由であって、マナステラの評価とは無関係なのだが。
「個人的にはマナステラの反応は過剰であると思いますが、仮にも国書を送って来た以上は、我が国としても無視はできません」
「……つってもよ、酒の分け前を寄越せってんならまだしも、ノンヒュームたちとの伝手を結んでくれってなぁ……お門違いじゃねぇか?」
イラストリア王国としては、現時点で「亜人連絡会議」という組織と正式な交流を持っている訳ではない。仲介の労を執ろうにも、王国としては執りようがないのである。現状で彼らと交流があるのはエルギン領主のホルベック男爵くらいであるが……
「一国からの依頼を、一男爵に負わせるというのものぅ……」
「まぁ、実際には非公式に打診を依頼するしか無いでしょうが……問題は、この事の一端でも明るみに出た場合、古酒の持つ価値は更に高まるだろうという事です」
「商人どもが嗅ぎ付けた日には……」
「国内の経済や流通状況が乱れる事も予想されます――充分に」
「ただでさえ氷室の件で内務部は天手古舞いなのに、この上古酒騒ぎの後始末まで押し付ける事になっては……」
「過労死が出かねませんな。冗談ではなくて」
「内務部だけでなく、エルギン男爵領の方も問題です。現時点で古酒を入手できるのはエルギンの町だけ。貴族や商人がそれを狙ってエルギンの町に集中しています。ノンヒュームとの繋ぎを求めて連絡会議の事務所に殺到。辟易したのか怯えたのか、現在連絡会議の事務所は閉鎖状態という話です。ノンヒュームとの伝手を結ぶどころか、状況は却って悪化しそうな勢いです」
う~むと沈痛な表情を隠そうともしない国王たち。たかが酒とは言い切れない程の火種に育っている。はてさてどうしたものかと悩んでいる三人に、冷徹に追い討ちをかけるのがウォーレン卿という人物である。
「もう一つの理由ですが……」




