第十六章 ドラゴン 4.国王執務室
ドラゴン騒動の顛末、一旦はこれで終わりです。
例によってイラストリア王国の国王執務室。朝も早い時間に、これまた例によって例のごとく四人の男たちが集っていた。
「エルギンの冒険者ギルドからの報告には目を通したな?」
冒険者ギルドはいくつもの国にまたがって存在する超国家的な組織であり、その立場は――名目上は――各国の首班と同等と考えられていた。従って冒険者ギルドが国に報告を出す場合、領主を介さず直接に王室などに報告するのが普通であった。今問題にされようとしている報告書にしても、エルギンの領主には渡されていない。もっとも、エルギン男爵に限らず、報告書の内容を自力で探り出せないほど無能な領主は多くないが。
「二十日ほど前にドラゴンが現れた可能性がある。しかしその後は一切の報告が無く、現在に至るまで実在は確認されていない。おまけにドラゴンは何者かに討たれた可能性がある。報告者を知らなかったら、天下を騒がす不心得者として討伐命令を出すところですな」
「将軍は報告した者を知っておるのかな?」
「やつとは三十年来の付き合いでしてね。儂がまだ駆け出しの下級兵でぴーぴー言ってた頃、あいつも駆け出しの冒険者でしたよ。まぁ、大きな声じゃ言えませんが、色々と面倒事に巻き込んだり巻き込まれたり、腐れ縁ってやつでしょうな。ただ、嘘っぱちを言ってくるほどの馬鹿じゃない」
「では、少なくともドラゴンの痕跡があったという事は確かと言えるか」
「しかもモローの近辺でね。ウォーレン、これがお前の言ってた魔族の動きってやつじゃないのか?」
「何とも言えません。私が何か言う度にその反証が出てくるんですから、自分が馬鹿のような気がしてきます」
「気にするな。人間死ぬまで馬鹿を晒してるんだ。そんな事より、これをどう考える?」
「強力なモンスターが出てきたらしいのは事実としても、その目的が判りません。更に言えば、そのモンスターは討伐された可能性がある。この場合、討伐を行なったのが何者かというのが問題です」
「どっかの奇特な冒険者……ってこたぁないか」
「はい。少なくとも我々と敵対しない者であれば、ドラゴン討伐の実績を隠す理由が見あたりません――どこかの王族がお忍びでドラゴンを狩った、なんていう与太話を除いてですが」
「仮に魔族なら問題はないのか?」
「いえ、魔族だとしても、この時点でドラゴンを持ち出す理由がありません。手違いで逃げ出したドラゴンを魔族自らの手で処分した、という推測は成り立ちますが、前回もお話ししたように、魔族にはそうまでして関与を隠す理由がありません。ダンジョンの一件とは無関係な魔族、という可能性はありますが、それならこの場で問題にする必要はないでしょう」
「じゃあ、魔族が密かに送り出したドラゴンを、正義の味方が密かに倒した、ってのは無しか?」
「芝居としては受けるでしょうが、魔族にも正義の味方にもそうする理由がありません。後者にしても、危機の存在を知らしめる事は重要な筈です」
「ふむ。では今回のドラゴンは、一連の動きとは無関係と考えてよいか?」
「私としてはそう考えています。ただ、場所が場所だけに、完全に無視はしにくいんですけどね」
「モローか……」
「宰相、モローの町、およびそこにあったダンジョンについて、手空きの折りでよいから調べてみてくれんか」
「御意」
「さて、では、確認しておこう。これまでの一連の騒ぎ――ドラゴンの件は微妙だが――は反ヤルタ教勢力糾合のための動き、そう考えてよいか?」
「大勢はそうだと思いますが、一つ気になる事が」
「またかよ、ウォーレン。お前の気になる事ってやつぁ、悉く儂の心臓に悪いんだが」
「諦めて下さい。前回ご教示戴いた……その……奴隷の身元についてですが、何者かが彼の者を亡き者とするために、亜人たちを利用した可能性が出てきました」
「けっ、やっぱり心臓に悪いぜ」
「……何者かとは、何者じゃ?」
「現時点では全く判りません。ただ、彼の者に生きていて欲しくない誰かがいるのでしょう……どこかに」
「……宰相。周囲に気取られぬようにして、マナステラの情勢について探りを入れる事は可能か?」
「……やってみましょう。確か、エルギン男爵ホルベック卿は、若い頃に彼の地へ留学しておったとかで、今でもマナステラの国情に詳しかった筈です」
「ホルベック卿か……。確か隣国に知己がおるとか言うておったな……」
明日の更新は、挿話を一話と新しい章の第一話になる予定です。




