第百五十章 オドラント 3.眷属会議~異世界武術事情~
この世界の武術事情を聞かれたアンデッドたちの答えは……
『武器の扱い方と素振りを覚えたら、後は獣相手の狩りっすね』
『対人戦の練習なんざ、ガキの頃のチャンバラくれぇで』
『貴族や国軍の兵士はどうだか知りませんけどね』
『いや、自分は一応テオドラムの軍人だったが、同じようなものだったぞ? 対人戦の練習はあったが、それも乱取り形式だったしな』
彼我の武術事情の違いに関しては、モンスターの存在が影響する部分が大きい。
地球世界と違ってこちらの世界では、兵士や冒険者の相手は大半がモンスターになる。身体能力の点で人間を圧倒するモンスターが、しかも多種多様なものが存在しているだけでなく、それらとの戦いが日常茶飯事なのがこちらの世界である。モンスターが出たとなれば冒険者や兵士が動員され、集団でそれを討伐する。新米であっても容赦無く現場に放り込み、実戦で斬り覚えろというのがこの世界の流儀だ。悠長に稽古などしている暇など無い。
こんな状況なので、兵士も冒険者も、一対一の戦闘など想定していない。モンスターが一体でも複数でも、こちらは集団として敵に当たるのが常道である。複数のモンスターを相手取る場合も、群れを分断して多勢で無勢を包囲殲滅するのが基本である。一人で闘うなど愚の骨頂。敵がモンスターから盗賊に変わっても、闘い方に変化は無い。連携しての、あるいは追随しての動きこそが重要である。
ついでに言えば、モンスターの種類やタイプが様々であるため、闘い方のパターン化がされていない。と言うか、実質できない。人間、あるいは人型モンスターを相手にする場合の闘い方として、幾つかの連続技が編み出されている程度である。しかし、一般の冒険者や兵士からは潰しの利かない戦技と見なされ、一部の近衛兵以外に広まる事は無かったのである。
『つまり……この世界の実情にそぐわない訳か』
『ただし逆に言えば、人間相手の場合には、極めて有効な技術と考えられます』
『技術的な意味での奇襲になりますから』
『今の我々だと、モンスターよりも人間を相手にする公算の方が大きいですしね』
『どうせやる事が無ぇんなら、教えちゃもらえませんかい?』
『無聊を託っている兵士たちの訓練にもなりそうですし』
予想外の食い付きを見せたアンデッドたち。ダンベル一式程度の購入を考えていたクロウの計画は、早々に修正を迫られる事になった。
(……見本として一式だけ買って、あとは錬金術で量産するか……)
段々と錬金術本来の使い方から離れていく気がするが、ダンジョンマスターとしての在り方からは外れていない筈だと自分を慰めるクロウ。――その確信も、最近は少しずつ揺らいでいるのであるが。
(で……肝心の型稽古の方だが……悪友の遺物を活用するか……)
ダンジョンマスターとして威力を振るっているとは言え、クロウ自身には武術の経験など無いから、彼が手ずから教える事などできない。クロウが考えているのは、武術・格闘技オタクの友人が、結婚するというのでクロウに押し付けていった段ボール三箱分の本やDVDの事である。何かの資料になる日もあろうかと一応受け取っておいたのだが、これまでほとんど役立つ事が無かった。今こそあれらを役立てる時であろう。尤も、こちらの世界には電源というものがないので、DVDはそのまま使う事ができないが……これは何とか方法を考えよう。本にしても、アンデッドたちに日本語など読める訳が無いだろうから、クロウが一々説明してやる必要がある。
(……何か方法を講じないと、先々面倒な事になりそうだな……)
ともあれ、見本として幾つかの本を持ち込んだクロウであったが、まず、本自体の品質に驚かれる事になった。写真――しかもカラー――など見た事が無い訳だから、これは無理のない反応ではあった。
次いで彼らが驚愕したのは、武術の種類が多い事、そしてそれらの技術が惜しげも無く開陳されている事であった。イラストリアやテオドラムでは門外不出の秘伝とされるレベルらしい。
生憎、クロウが持ち込んだ資料の中には西洋風の「剣」の使い方を解説したものは無かったのだが、彼らが言うには、それはある程度知っているから不要だとの事であった。寧ろ彼らが食い付いたのは、体術や隠し武器、そして杖術であった。杖術については、一見武器とは思えないようなものを扱うところがミソらしい。
『いや……杖の類は一応武器の範疇だろう?』
『メイスや棍棒のようなのは明らかに武器と判りますが、この長さ太さの杖だと、普通は武器とは見なされませんから』
『少なくとも、危険物であるとは認識されませんね。どっちかと言えば、便利道具の扱いです』
『何にせよ、これだけ種類があるなら、各人それぞれに向いた流儀を選べる訳で』
『贅沢としか言えませんね』
すっかりその気になっているアンデッド勢を今更止める訳にもいかず、クロウは各種教材の翻訳に頭を痛める事になるのであった。
『自業自得というやつじゃのう』
……うるさいよ、爺さま。




