第百四十八章 テオドラム 4.ヴィンシュタット
その話を最初に聞き込んできたのは、揃って買い物に出かけていたハクとシュクの二人であった。
「新しい金貨?」
「はい。お金を交換するって言ってました」
「あちこちの街角に、そう書いてあるんだそうです」
ハクとシュクが聞き込んできた内容から、どうやら新金貨の発行と旧金貨との交換について、町の辻々に高札のようなものが立てられているらしいと判断するカイトたち。
「ご主人様が言ってたやつか?」
「だろうな。ご主人様の想定よりも遅いが」
「この国も色々とあるみたいですからねぇ……」
「その色々の大半は、ご主人様が原因なんだけどね……」
「とにかく、こうしていてもしょうがねぇだろ。いっちょ、確認に出かけようぜ」
「それは名案だが……カイト、お前は駄目だ」
「何でだよ!?」
「仮にも貴族家の当主が、物見高く高札を見物に出かけるつもりか?」
と、そういう事になって、カイト以外の誰かが確認に出向くべきだと話が纏まったのだが……
「ずーっと家ん中に籠もりっきりで、これじゃご主人様の配下にしてもらった甲斐が無いじゃないかよ……」
ぼやくカイトを見て、珍しく同意を感じるパーティメンバーたち。基本的に彼らの活動の場は野外であり、家の留守番なんていうのは柄じゃないのである。
「このままじゃ腐っちまうぜ」
「アンデッドだけに笑えませんね……」
「……そうだな。事情を確認したら、連絡かたがたお願いしてみるか」
・・・・・・・・
それはさておき事情を確認するのが先だという事になって、聞き込み上手のバート・マリア・フレイが出動する事になった。バートは斥候職、マリアは元貴族令嬢、フレイは治癒術師と、いずれも対人スキルについてはそれなりに磨き上げてきた面々である。
そうして王都のあちこちで聞き込んできた話を総合したところ……
「庶民の皆さんたちの反応は、いずれも薄かったですね」
「他人事って感じだったな」
「まぁ……金貨なんて滅多に目にする事がないでしょうしね……」
冒険者たちの反応もほぼ同様であったが、これに対して商人たちの反応は様々であった。曰く――
・便利になるのは良い事だ
・新金貨が周知と信頼を得るには時間がかかるだろう
・テオドラムの金貨など取り引きで使わないし、使えないから、どこかに仕舞い込んである
何しろテオドラムの貨幣は重量や品位がバラバラで一定していない。通貨としての信用など無いに等しく、商取引では支払いを断られるのが実情である。ごくごく稀に支払いに使われる場合は、品位を確かめた上で、枚数でなく重さで取り引きされる有様であった。ほとんど秤量貨幣である。実際、端数が必要な時などは、金貨を断ち割って調整する事すらあったのだ。
そんな訳だから商人たちも、特に他国との交易ではテオドラム金貨など使いようが無く、退蔵しているのが実情であった。なので……
・どこに仕舞い込んだか探すのが面倒だが、塩漬けになっていた金貨が使えるのなら文句は無い
という声の他に――
・新金貨の品位が不明だ。焦って交換すると損をするかもしれない
・とは言え、旧金貨から私的に金だけを取り出すのも面倒だし、手間を考えたらトントンか?
・旧金貨は品位も重さも、磨り減り具合もまちまち。それらを全て同じように交換するのか?
・だったら、今のうちに旧金貨から少しずつ金粉を削っておけば……
などという意見も飛び出してくる。
「……碌な事を考えねぇな、商人ってやつぁ……」
「あ、でも、当局もそれくらいは予測していたみたいですね。標準重量から一割以上軽いものは、交換拒否だそうです」
「つまり、一割以内なら削ってもいいって事だな?」
「商人側も実際にそういう感じでしたね」
「どっちもどっちよね」




