第百四十八章 テオドラム 3.テオドラム王城(その3)
軍務卿の話が終わったところで、今度はファビク財務卿が進み出た。咳払いを一つして、財務部から上がってきた問題について報告していく。とは言っても、内容そのものは極めて単純であった。
――曰く、金が無い。
「……と、いうような次第で、我が国の予算はきわめて危険な状態にある。せめて改鋳差益が確保されるまで、具体的に言えば、新貨幣と交換に旧貨幣が回収され、含まれている金を確保できるまでは、不要不急の出費は避けてもらわねばならん」
断固とした口調で要求する財務卿を前にして、他の国務卿たちは困惑の表情を隠せない。このところ予想外の出費が続いているのは事実だが、それらの出費は自分たちが望んだ訳ではない。文句なら、厄介な場所へダンジョンを造ったダンジョンマスターと、嫌らしく我が国へちょっかいを掛けている隣国に言ってほしい。
「たとえ陰険なダンジョンマスターと不埒な隣国がちょっかいを出してきても、相手にしないでほしいと言っているのだ」
「我が国の安全が脅かされてもか?」
「我が国の安全は既に脅かされておる――経済危機という形でな」
苦り切った様子の財務卿を見て、これはかなり拙い状況らしいと認識を改める国務卿たち。
「ふむ……確約はできんが、ファビク卿のお言葉は心に留めておこう」
「できれば確約してほしかったのだがね」
「で……財務卿としては、当面どういう手段をとるつもりかね?」
メルカ内務卿の問いかけに、財務卿は重々しく答える。
「まずはシュレクで進めている砦の建設を見合わせようと思う」
「何?」
その台詞にぎろりと眼を剥いたのはレンバッハ軍務卿。
「既に本拠となる砦は完成している。なのに、ここへきて手を引くと言うつもりか?」
「既に本拠となる砦は完成している。なればこそ、これ以上の増設を急ぐ必要はあるまい」
財務卿も負けてはいない。
「何も恒久的に中止すると言っている訳ではない。改鋳差益が確保されるまで、箱の建設を見合わせるというだけだ。現在シュレクに配備してある部隊だけでも、モルヴァニアの侵攻に即応する程度はできる筈だ」
「それはそうだが……」
不満の色を隠そうともしない軍務卿であったが、無い袖は振れぬと言うばかりで取り付く島も無い財務卿の態度に、これは駄目だと諦めたらしく、それ以上の抗弁はしなかった。
「中央街道で予定していた調査や建設も、一旦棚上げにしてもらう。繰り返すが、財政的に余裕が無いのだ」
イラストリアの策動に備えて中央街道に防衛拠点を構築しようという計画も、少なくとも新年度は予算が下りないようだ。
その他にもあれこれと予算を削減していったが、大きな予算を要しないものについてはそのまま実施するつもりらしい。例えば、イラストリアが建設中の拠点を探るための偵察とか。
「何もかも中止してしまうと、突発的な事態に対して即応できぬからな。偵察などに関しては、できるだけ予算を確保していくつもりだ」
補正予算についての説明――と言うか、予算案の却下――が一通り終わったところで、マンディーク商務卿が質問を投げかける。
「今までの説明は歳出を引き締める事に終始していたようだが、歳入を増やすという方向での検討はされていないのか?」
その言葉に財務卿は、我が意を得たりという顔付きで頷いた。
「一応はその事も考えている。ただ、こればかりは財務部だけで決定できる事ではないのでな」
「ふむ? 財務部の腹案というのを聞かせてもらおうか」
「うむ。これはラクスマン卿の意見を聞きたいのだが……」
そう前置きして財務卿が提案したのは……
「砂糖の値下げ?」
「場合によっては小麦もな」
販売単価を下げる事で、消費者の購買意欲をそそるという案であった。
「……亜人どもが安売りしている砂糖に対抗するためかね?」
「無論それも考えている。現在の売値から一割二割下げたところで、利益は充分に出る筈だ。単価を下げたところで、売却量が増えればそれを補う事ができる筈。ラクスマン卿とマンディーク卿には、この案が上手くいくかどうかの検討をお願いしたい」
「「ふむ……」」
名指しで依頼された形の二人であったが、しばし考えた後で頷いた。財務卿が持ち出した提案は、この場で即断できるようなものではない。持ち帰って検討させる必要があるし、それだけの価値はある。
「砂糖については解った。しかし、小麦というのはどこから出てきた?」
「どうせビールとやらのせいでエールの消費量は頭打ちだろう? だったら、エールに廻していた分を売却に廻してはどうかと思っただけだよ」
「成る程……諒解した」




