第十六章 ドラゴン 3.冒険者ギルド
冒険者ギルドでの話です。
大きな生きものが空を飛んでいた、この世のものとは思えない咆吼を耳にした、尋常でない魔力を感じた、等々……。あちこちから寄せられた報告は、一つ一つは断片的なものであったが、それらを寄せ集めた時、おぼろげながらもある一つの形が浮かび上がってきた。
ドラゴン。
魔獣の頂点に君臨する者、暴虐の王、神獣の長、長き時を生きる賢者……そして、災厄の体現。
もしもドラゴンが現れたのなら、即座に警報を流し、対処のために動かなくてはならない。騎士団も、軍人も、傭兵も、冒険者も、商人も、農民も、全てが一丸となって動かなければ、下手をすると国が滅びる。
もしもドラゴンが現れたのなら。
もしも本当にドラゴンが現れたのなら。
それが確認できないのが、ここエルギンの、そして近隣全ての冒険者ギルドの悩みの種だった。
「最初の報告が上がってきてから十日、どこからもドラゴン発見の報告がないってぇのは解せねぇな」
「厳密に言うと幾つかはありましたけどね、全てガセネタでした」
「通り過ぎただけじゃないんですか? それか、元いた場所に帰ったか」
「それならいいんだが、根拠もなく希望的観測だけで警戒を解くわけにゃいかん。巣持ち縄張り持ちのドラゴンはまだいいんだがな、若い逸れのドラゴンってなぁヤバイんだよ」
「どういう事なんですか? ギルドマスター」
「新入りはしらねぇか。縄張り持ちのドラゴンってなぁ、縄張りの外に出てくるこたぁほとんど無ぇんだ。縄張りに入んなきゃぁ、無闇に突っかかってくるこたぁ無い。けどな、縄張りをつくろうと放浪している若いドラゴンは、ボスを倒して縄張りをモノにしようってのか、やたらと突っかかってくるんだよ」
「こっちから攻撃しなければ……」
「美味しい餌として食われるだけだな」
うわぁと引き気味のギルド職員に、サブマスターの男が追い討ちをかける。
「若いドラゴンが攻撃的なのは、早く成長するために魔石を漁っているという話もありますね。強いモンスターほど良質の魔石を持っていますから」
「……待って下さい。うちって、魔石など素材の買い取りもやってますよね。まさか、ギルドに貯蔵されている魔石を狙うなんて事は……」
「あるから警戒してるんですよ?」
「儂らが焦っている理由が判ったか?」
この国におけるドラゴンの被害の、実に八割以上がこうした若い逸れドラゴンによるものであった。サブマスターが言ったとおり、過去には魔石を求めて町を襲ったドラゴンもおり、その折りには甚大な被害をもたらした。全ての若いドラゴンがそうというわけではないが、多くの若いドラゴンは凶暴であり、比較的話の通りやすい成熟したドラゴンとは別物のように扱われている。
「あいつらぁ本能だけで動いているようなもんだからな。話の通じる相手じゃねぇ。見つけ次第、総力を挙げて叩っ殺すしかねぇんだよ」
「後手に回って勝ち目のある相手じゃありませんからね。先に相手を見つけて先制するしかないんですよ」
「それで見つからないってのは大変じゃないですか!」
事情を正確に把握した新人が、目に見えて動揺する。
「解ったらさっさと外へ出て、何でもいいから聞き込んで来い! ここでのたくってても何にもならねぇぞ!」
叱責された新人は、泡を食ってギルドを飛びだして行く。
「しかし、ギルドマスター、本当のところ何があったんですかね?」
「確信は無ぇが、もう心配する必要は無ぇんじゃないかと思ってる」
「ほう……お聞かせ願えませんか?」
「激しい魔力と咆吼とくれば、ドラゴンが何か――多分、強敵――と戦っていたんじゃねぇかって思うのは普通だろ? それでドラゴンがやって来ないってこたぁ……」
「何者かがドラゴンを倒したと?」
「違うか?」
「何者なんですかね?」
「判らねぇ。ドラゴン以上にヤバいやつじゃねぇ事を祈るだけだな。もっとも、かれこれ十日、何の騒ぎも起きちゃいねぇんだから、そう物騒な事にはならんたぁ思うんだが……」
「この後、どうします?」
「あと五日何もなければ、誤報として警戒は解除しよう」
ドラゴン騒動の顛末は、もう一話投稿します。




