第百四十七章 砂糖混迷録~謀議は踊る~ 4.ヤルタ教中央教会
(……全くもって忌々しい話だ)
王都イラストリアにあるヤルタ教中央教会の自室で、教主ボッカ一世は殊の外不機嫌であった。理由は亜人たちの砂糖攻勢である。
(……甘味などという高尚な味覚を、ましてその料理法・活用法を、亜人ごときが知っておる筈が無い。必ずや、背後に入れ知恵をした者がおる筈。一体何者か?)
覆いがたい偏見に基づいているとは言え、教主の判断は概ね正鵠を射ていた。
(貴族……いや、イラストリアの王家か? テオドラムに対する戦略か?)
だが、そこから先は見事に外れていた。
「バトラの手先ども」の関与も考えはしたが、砂糖となると話が大きくなり過ぎのような気がする。
あれだけの砂糖を安価でバラ撒いたとなると、費やした金額は莫大なものとなった筈。たかが亜人への肩入れのためだけに、そこまでする者がいるとは思えない。
かと言って、亜人たちの間に精糖産業を興すとなると、これは国策レベルの話になり、国家レベルでの関与・介入を考えざるを得ない。
すなわちこの時点で、教主の中では「バトラの手先」がどこかの国家機関である可能性を、少なくとも繋がりがある事を否定できなくなっていた。
(ふむ……「バトラの手先」めは我がヤルタ教に抗う存在だとばかり思うておったが……此度の動きをみると、それだけではないような……寧ろ、真の狙いはテオドラムへの経済攻撃か……?)
単純に亜人どもへの肩入れと言うには、話が大きくなり過ぎのようだ。
(……まぁ、その目的については揣摩憶測の域を出んが……しかし、亜人どもは肝心の砂糖をどこから入手した? 王家が購った舶載糖か? いや……舶載糖とも些か味が違うようだが……)
どうも判らない事が多過ぎる。
教主は最初から考え直してみる事にした。
「まずは……亜人どもに肩入れする愚か者がおる、そこからじゃな……」
黒幕――便宜上「バトラの手先」と呼んでおくが――の狙いがヤルタ教を潰す事なのか、それとも亜人たちの地位向上にあるのか、それは判らない――両者は微妙に異なっている――が、亜人たちに肩入れしているのは事実のようだ。何者か?
ヴァザーリの件を考えると、魔法に通じた者どもという事は間違い無い。
今回の件を併せて考えると、これに「砂糖使いに長けた」という条件が加わる。
(砂糖に詳しい者と言えば……テオドラムを除けば沿岸諸国になるか……)
海外勢力の可能性もあるが、まずは大陸内から検討するのが筋であろう。
(しかし……沿岸諸国に、亜人に肩入れする理由があるか? ……いや?)
酒杯を片手に教主は推論を巡らすが、少々酒量が過ぎたのが、その思索はとんでもないところに着地する。
(沿岸諸国にとって、テオドラムの砂糖は、謂わば舶載糖の競争相手。目の上の瘤をこの機に潰そうとした……という事は考えられぬか?)
砂糖の活用法を熟知しており、潤沢な量の砂糖を供給できる。そう考えると、イラストリア王国でなく沿岸諸国が黒幕である可能性も、大いにありそうな気がしてくる教主であったが……
とんだ濡れ衣である。
寧ろ沿岸諸国の商人たちは、クロウの正体を探ろうと躍起になっているのだ。
(しかし……そうすると、ヴァザーリの件はどうなる?)
どう考えても、沿岸諸国がヴァザーリに介入してくる理由が無い。
(いや……ヴァザーリは亜人ども単独の行動であり、後に沿岸諸国が手を組んだという可能性もあるか……)
だとすると、今後ヤルタ教に対して沿岸諸国はどう動く?
(……沿岸諸国の商人たちの動きを探らせる……)
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「やはりか……」
ヤシュリクでの調査の結果、商人たちが赤豆と魔道具について探っているが、砂糖については探っていない事を知った教主は、今度の一件に沿岸諸国の商人たちが関与しているとの疑いを強めるのであった。




