第百四十七章 砂糖混迷録~謀議は踊る~ 1.王都イラストリア某所
イラストリアの商人たちは、自国の砂糖流通網を乗っ取ろうと企んでいる海外の砂糖商人――と、思い込んでいる――が砂糖を持ち込んだルートを解明すべく、懸命の努力を続けていた。安価で高品質な砂糖というのも勿論問題なのだが、それがどういう経路で持ち込まれたのかが判らないというのは、砂糖それ自体にも況して大問題であったのだ。
最終的にはエルフや獣人たちの許へ運ばれた事は判っているのだが、そこに至る経路を探り出そうという試みは、悉く失敗に終わっていた。……まぁ、携帯型ダンジョンゲートなどという掟破りの魔道具の存在を知らないのだから、当然と言えば当然の結果ではあったが。
「……砂糖の動きに目を奪われておったが、ここはひとつ、砂糖以外のものにも注目すべきではないか?」
と、いう話になって注目されたのが、例の綿菓子機であった。
「むぅ……確かに。ワタガシという新奇な食べ物を見る間に作り出していったそうだな……」
「うむ。余程に気合いの入った魔道具と見た」
作ろうと思えば、空き缶とハンドミキサーで作れる。
「聞けば、魔道具の表面は金属製であったとか。さすれば、金属加工の苦手なエルフの手になるものではあるまい」
「……ドワーフか?」
「その可能性は捨てきれぬが、ドワーフは基本的に魔力が少ない。魔道具の作成に手を染める事は、全く無いとは言えぬにせよ、考えにくいであろう」
「ならば……魔道具ギルドと鍛冶師ギルドで聞き込ませるか」
「ギルドに所属しておらぬ者という線も捨てがたい。そちらにも目を向ける必要があろう」
手詰まり感に焦っていた商人たちは、突破口になりそうな糸口に気付いた事で大いに盛り上がる。そしてそこへ、追加の燃料が投入される。
「思ったのだが……魔道具が突破口になるのなら、亜人……いや、ノンヒュームであったか? 彼らが料理に使っていた材料にも注目すべきではないだろうか」
発言したのは、この場にいる商人の中でも、野菜や穀物などの食料品を得意とする一人であった。
「ふむ?」
「というと?」
「何か気が付いた事でもあるのか?」
興味深げな一同の視線を受けて、件の商人は頷きを返す。
「うむ。ノンヒュームたちが売っていた……ゼンザイ……であったかな? あれに入っていた豆なのだが、あまり使われる事の無いものでな」
「ほほう?」
「詳しく」
「生産量も流通量も多くは無い。流れを辿る事も可能かと思う」
「よし。当面はその二方向から探ってみよう」
斯くの如く方針が決定した訳であったが……
・・・・・・・・
「……イスラファンの商人だと?」
イラストリアの商人たちは、仲間がもたらした情報に困惑していた。
綿菓子機も小豆も、どちらの筋もまだ思うような成果は上がっていないが、調べていくうちに聞き捨てにできぬ情報に当たり、担当者が取り急ぎその件を報告してきたのであった。
「うむ。赤豆――この国で言う小豆の事――の動きを追っていた者が気付いて知らせてきた。それだけでは無く……」
「あぁ。魔道具ギルドの方にも探りを入れてきたようだ」
「イスラファンの商人がか?」
「確かなのか?」
「少なくとも、赤豆を探っていたのは、ヤシュリク――イスラファンの商都――の商人の手の者であるのは確かだ」
「魔道具ギルドの方も同じだ。ヤシュリクの砂糖商人の手先だと確認がとれている」
「なぜ、イスラファンが……?」
クロウたちが流通させた砂糖について、一旦は静観を決め込んだイスラファンの商人たちであったが、綿菓子と善哉の詳細が判明するに至って、方針に若干の変更があった。
砂糖そのものはともかく、砂糖の利用法を広げてくれる調理技法のあれこれについては知っておきたいという思惑から、綿菓子機と小豆の製法について探りを入れる事にしたらしい。クロウたちの動きがイラストリアを中心としているため、探る場所も自ずとイラストリア国内になる。同じ場所で同じ事を探っていれば、かち合わない方が不思議である。
結果として、イスラファンの商人の動きは、イラストリアの商人たちの知るところとなったのであるが……
「……イスラファンの商人は、この件に関わっておらぬという事か?」
黒幕として海外の砂糖商人を想定していたイラストリアの商人たちは、思いがけない事態に困惑した。問題の砂糖が海外から持ち込まれているのなら、海上交易を担うイスラファンがそれを知らない筈が無い。
逆に言えば、イスラファンが知らないならば、件の砂糖は海路で持ち込まれた可能性が低くなる。それとも、入念に擬装して持ち込んだというのか?
あるいは……
「……この大陸内に、砂糖の製法を独自に伝えている者がおるというのか……?」




