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第百四十六章 熟成酒 5.酒造ギルド

 貴族たちを通じて(ひそ)やかに流れた熟成酒の噂は、冷蔵箱(アイスボックス)の利権に浮かれていたイラストリアの酒造ギルドにも、大きな衝撃をもたらした――主にワイン醸造者(ワイナリー)のメンバーに。

 対して、それ見た事かと冷ややかな視線を注いでいるのはエール醸造者(ブルワリー)のメンバーである。



「落ち着け! 今回の古酒とやらは、ビールと違って一般には流通しておらん。無闇に慌てる必要は無い!」



 ギルドマスターの叱責によって、ようやく冷静さを取り戻した一同。



「古酒については酒造ギルドとして詳しい情報を問い合わせているところだ」



 さすがにギルドマスターともなると初動が早い。



「ただ……恐らくだが、今回の古酒とやらは数が少ないのだろうと思っている」

「数が少ない?」

「未確認ではあるがな。(そもそも)の話、充分な数があるのなら、ごく一部の貴族だけでなく、もう少し広く流通してもおかしくない筈だ。偶然手に入ったという彼らの主張も、この考えを裏付けている」

「成る程……」



 数が少ないのならそれほどの脅威にはならないか、と考えて冷静になるギルドメンバーたち。



「何にせよ、連絡会議に出した質問の答えが返って来てからだ」



・・・・・・・・



 返って来た質問の答えは、酒造ギルドにある意味で安堵を、ある意味で不安をもたらすものであった。



「まさか、沈没船から引き上げたとは……」

「それも、飲めるのはその一部らしいな」

「数が出回らんのも道理か……」



 と、いうのが安堵の部分であり……



「問題は、船に積まれていた酒の中に、百年近く経っても飲める――どころか美味い酒があるという事実だ」

「うむ、これに関してドランの(とう)()たちからは、二つの重要な指摘がもたらされている」

「二つ?」

「そうだ。まず第一は、海の向こうから運ばれてくる酒は、日保(ひも)ちを良くするための処理がなされているという事だ。舶来物のワインが(なが)()ちする事を、今更知らぬとは言うまい」



 数名のギルドメンバーが、気まずそうに顔を伏せた。彼らとて海外産のワインが日保(ひも)ちや風味の点で優れている事実を知らぬ(わけ)ではない。(こと)日保(ひも)ちの問題については、自分たちでもあれこれと試してみても上手くいかなかったため、匙を投げたという経緯がある。幸か不幸か海外産のワインは高価なため売れ行きが悪く、いつしか輸入量・流通量が減ったために、この問題は先送りされてきたのである。今回は()わばそのツケが廻って来た形であった。



「だが、既に海の向こうではこの技術は当たり前のものになっている筈。それを考えると、我々とていつまでも目を(つむ)っている(わけ)にもいかん」



 ギルドマスターは一旦ここで言葉を切り、居並ぶメンバーたちを見回した。



「だが、ドランはこの技術について、糸口を掴んだと言ってきた。ただし!」



 血相を変えて騒ぎ立てそうな気配のメンバーたちを、ギルドマスターは強い口調で鎮めにかかる。



「――実用化する上では、まだ幾つかの問題点を残しているそうだ」



 ワイン醸造者(ワイナリー)の一人が、()()ずとした口調で問いを発する。



「……ドランは、その技術を教えてくれるのか?」

「条件次第だと言っている」

「条件?」

「あぁ。必要な技術の共同開発、それが条件だそうだ。……だが、待て! ドランからの指摘はそれだけではない!」



 そう言えば、ドランからは二つの指摘がもたらされたと言っていた。その事に思い至ったギルドメンバーたちは、ひとまず話の続きを拝聴する事にした。



「二つ目の指摘は……重要ではあるのだが、今の我々にとっての利益は少ない。だが、先の事を考えるなら、到底見過ごす事のできぬ話だ」



 思わせぶりにそう言うと、ギルドマスターは再びメンバーたちの表情を見回す。



「……酒の中には、長期間保存して熟成させる事で、一団と風味を増すものがある。今回出回った古酒もその一つだ。……ドランは、これについても何らかの知見を手に入れたらしい」



・・・・・・・・



 クロウから殺菌と熟成についての知識を得たドランの(とう)()たちであったが、待ち受けているハードルの多さに頭を抱えていた。その最大のものが、対象物――この場合は酒――を一定の温度に保つための技術であり、冷蔵技術の開発の上でもネックとなっている技術であった。



「対象物の温度を測り、そしてその温度を維持する、か……」

「口で言うのは簡単だが……」



 上述した二つの要素のうち、酒の低温殺菌の場合には短時間の加熱なので、維持する方は問題では無い……とは言えなかった。



「実用性を考えるとだ、熱の通りやすい、しかも小さめの容器に入れて()(せん)するのが一番だろう。そうなると、湯の温度を一定に保っておいて、酒の方を次から次へと処理していかんと、とてもじゃないが間に合わんぞ」

「それとは別に容器の開発と製造もある……ドランの村だけじゃ手に余るぞ」



 一同打ち揃って頭を抱えていたところに、飛んで火に入る夏の虫よろしくやって来たのが、イラストリア王国酒造ギルドからの問い合わせである。



「……好い機会だ。この際、人間たちにも仕事を押し付けよう」

「うむ。蒸溜酒とかいう酒の方は、まだ我々でも上手く造れんから内密にしておくとして……」

「恒温槽の開発は、人間どもにも手伝わせるか?」

「技術の共同開発を条件にすれば、連中とて首を縦に振らざるを得まい」

「適切な容器の開発と製造……面倒事は皆で分かち合わんとなぁ」

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