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第百四十六章 熟成酒 3.バンクス

「災厄の岩窟」の原画六点を描き上げてから三日後、ルパは珍しくも自宅で晩餐会を開く羽目になっていた。嫡男でこそないが、ルパとて(れっき)とした貴族の一員。晩餐会が開ける程度の屋敷には住んでいる。今回招いているのはパートリッジ卿とハーコート卿、そしてボルトン工房からボルトン親方とミケルの計四名である。ここにクロウが加わっていないのはなぜかというと……



「クロウ、それで、この酒は何なんだ? いやに勿体ぶって持ち込んできたが?」

「ま、詳しくは食事の時のお楽しみだ。当たり外れがあるかもしれんから、あまり期待はするな。ただ、話の種になる事は保証してやる」

「おぃおぃ、僕は仮にも貴族だぞ? 当たり外れがあるような酒を提供する(わけ)にはいかないんだが……」



 ルパに命じて晩餐会を開かせた黒幕がクロウであったためである。



「まぁ、今回は俺がホストで、ルパは会場を提供しただけだという形だから、何かあっても責任は俺が持つさ」

「そうはいくか。仮にも貴族がその屋敷を会場として提供したんだ。僕にもそれなりの責任は発生する」



 そこはかとなく不安そうなルパに対して、貴族社会というものに縁が無い分、知らぬが仏の気安さで、クロウは(のん)()に構えている。メンタリティは現代日本人であるクロウにしてみれば、単に知り合いを集めての飲み会でしかない。貴族と職人を一堂に集めるなどという暴挙に至ったのもそのせいであるが、招かれた方も招いた側(クロウ)に負けず劣らずの物好きだったのは幸いであったと言えよう。


 ともあれ、クロウ主宰、ルパ協賛の晩餐会が開かれた。名目は原画の完成祝いである。



・・・・・・・・



「さて、料理も酒も大変に結構じゃったが、今日は他にもお楽しみがあるとルーパート君から聞いておるが?」



 晩餐が一通り終わったところで、(きょう)()津々(しんしん)といった(てい)のパートリッジ卿がクロウに――目を輝かせて――問いかける。



「えぇ。知り合いから面白い酒を手に入れたので、ご披露しようと思いまして」



 クロウが思わせぶりに取り出したのは、沈没船から引き上げた古酒の中でも美味い具合に熟成したワインである。正確に言えば、味を確認した酒瓶(さけがめ)から別の(かめ)に取り分けたものであるが。



「それは、珍しいという意味かね?」



 聞き捨てならじと食い付いてきたのはハーコート卿。骨董道楽の血が騒いだらしい。対してルパの方は幾分疑わしそうな表情を隠さない。パートリッジ卿はただニコニコと笑いを浮かべている。ボルトン工房の二人は幾分か緊張していたものの、酒と聞いてボルトン親方の方は少し身を乗り出している。



「間違い無く珍しいと思いますよ。何しろ百年以上前の酒ですから」

「「「「「百年!?」」」」」



 さらりと放たれたクロウの台詞(せりふ)に、居並ぶ面々が驚きの声を上げた。



「どういう事かね? クロウ君。()()べて酒とは日保(ひも)ちがせぬものじゃと思うておったが?」

「そうだぞ、クロウ。僕は以前に仕舞い込んだまま忘れていたワインを飲んだ事があるが、すっかり駄目になって飲めたもんじゃなかったぞ?」



 (おお)真面目(まじめ)なルパのカミングアウトに、ああ、こいつそんな酒を飲んだのか、と哀れみを込めた視線を向ける一同。(もっと)も、ルパはそれに気付いていないようだが、部屋の隅に控えている使用人はそっと目頭を押さえていた。



「ルパ、それに()(ぜん)、海の向こうから船で運ばれて来た酒を飲んだ事は?」

「何度かあるが……そうか!」



 合点がいったという表情のパートリッジ卿と、未だに解っていない様子のルパ。そんな二人に目を()って、クロウは説明を続ける。



「この国へ着くまでにどれだけの日数を要したのかは知りませんが、少なくともそれだけの日数、味わいの劣化を防ぐ手段というものが存在する筈、そして海の向こうの国は、その技術を自家(じか)薬籠(やくろう)中のものとしている筈です」



 成る程と納得がいった様子の一同の中にあって、しかしハーコート卿だけは得心できないようで、



「だとしてもだ、クロウ君、それほど昔の酒が今まで伝わってこなかった理由は何だね? 少なくとも私は、百年になんなんとするような古酒の事は聞いた事が無いのだが?」

「推測ですが、造った方もそこまでの長期間保存しておくつもりは無かったのでしょうね。この酒が手に入ったのは……と言うか、生まれたのは偶然です」

「偶然だと?」

「えぇ。この酒を譲ってくれたエルフ――(やく)(じょう)で入手先は明かせませんが――によれば、この酒は沈没船から引き揚げられたものらしいです」

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