第百四十六章 熟成酒 1.ノンヒューム連絡会議事務局
沈没船から回収した古酒の処分をどうしたものか。
呑兵衛二人に全て与えるのは勿体無くないか、というマリアの指摘を受けたクロウはしばらく考えた挙げ句、餅は餅屋、酒は酒屋とばかりに、ドランの村の杜氏たちの許へ持ち込む事にした。
とは言うものの、クロウは自らドランの村へ古酒を持ち込むつもりはさらさら無かった。そんな事はホルンたち連絡会議の連中に任せれば良いのだ。
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「……という次第で手に入れたのがこれだ。無論、実際にはもっと多い訳だが、それらは倉庫にしまってある。お前たちに預けた携帯ゲートから取り出せる筈だ」
「「「はぁ……」」」
「ただ、数は多いがまともに飲めるものは多くない。しかし、酒としては不味くても、杜氏たちには何か参考になるかもしれんから、敢えて不味いものも持って来ている」
「「「はぁ……」」」
ホルンたち連絡会議三人衆は、虚ろな眼をして虚ろな声で、クロウの説明に答えていた。この精霊使い様の奇行にも大分慣れたと思っていたのだが、まだまだ考えが甘かったらしい。どこをどうすれば、沈没船から酒を掻っ払おうなんて発想が出てくるのだ。
いや……本当になぜだ?
「あ、あの……抑、何で沈没船を漁ろうなんて話になったんで?」
「うん? 言っていなかったか?」
ダイムの質問で、話の発端を説明していなかった事に気付いたクロウが、苦笑しながら説明したのだが……。
余談だが、クロウこと烏丸良志という人物は基本的に思慮深い性格ではあるが、それでも時に失言をしでかす事がある。
――例えば、今この時のように。
「蒸溜酒ってなぁ、何です?」
「あ……」
この世界では、少なくともこの大陸西部の国々では、蒸溜酒の事はほとんど知られていない。海外からの輸入品はあるが、高価に過ぎて一般にはほとんど出回っていない。酒精については調薬の素材という認識だった。
目新しい酒と聞いて捨て置けないのは、カイトたちだけではなかったようだ。
「これは……!」
「これが蒸溜酒ってやつですか!?」
「強い……が、それだけじゃない、な……」
ホルンたち三人に強請られて――と言うか、強請られて――クロウは熟成中の蒸溜酒のうちで最も数が多いラム――何しろ原料の糖蜜に不足する事は無い――を試飲させる羽目になっていた。
「言っておくが、これは造ってから一年以上熟成させたやつだからな? 最低でも半年以上寝かせないと、雑味が多くて飲めたもんじゃないぞ?」
「一年……」
「ってぇ事ぁ、こいつも古酒と同様に、その、熟成ってやつが肝になるんですかぃ?」
「まぁ、そういう事だ」
話を聞いたホルンたちはヒソヒソと話し合っていたが、やがて代表する形でホルンがクロウに懇請した。この蒸溜酒の技術も開示してもらえないだろうかと。
やっぱりか、と思いつつ、クロウはホルンに確認する事を忘れない。
「教えるに吝かではないが……蒸溜酒に廻せるほど、村の生産量に余裕は無い筈だぞ?」
あの村はビールやエールだけを造っている訳ではなかった筈だ。確か、ワインも造っていると聞いた憶えがある。だが、ビールのせいでワインなどはかなり生産が窮屈になっている筈。その限られた生産量の一部を、更に蒸溜酒に廻すのか?
訝しげなクロウの表情を読んで、ホルンが説明に当たる。
「いえ。さすがに蒸溜酒の技術は、従来のものとは枠組みからして違います。なので、当面は試験的な生産に留まるかと」
「……本当にそうか?」
エルフの皮を被ったドワーフと評されるドランの村人の事だ。新しい酒と聞いて暴走しない訳が無かろうと、楽観しかねていたクロウであったが、
「大丈夫です。出来上がるまで一年以上かかるんでしょう? 完成前の酒を飲むというのは、あの連中にとっては不名誉な事らしいですから」
「古酒にしろ蒸溜酒にしろ、『熟成』ってやつが肝心なんでしょ? 飲めもしねぇ酒を量産するような真似はしませんって」
そう言われると、何となく納得できる。
「まぁ、どのみち今すぐに教えようとは思っていません。明かすのは、今季のビール醸造が終わってからで良いでしょう」
「さもないと、肝心のビールを蒸溜酒の試作用に廻しかねませんから……」
「……蒸溜酒は量産しないという予想じゃなかったのか?」
「えぇ。ただ、それくらいはあの連中にとって試作の範囲ですから」
「問題はその道具ですね。かなり大掛かりなものとなると、ドワーフたちに頼まねばなりませんが……」
「あー……」
「ドワーフのやつらかぁ……」
ホルンの指摘にトゥバもダイムも考え込んだ。
機密保持という観点だけでなく、新しい酒の事を教えて一年以上お預けというのは、ドワーフの精神衛生上も良くない気がする……。
「どちらかと言うと、拷問ですね」
「そんな気がするな……最初の蒸溜器は俺が提供しよう。それと……実験用に小型のものもあった方が好いな」
ヴィンシュタットの屋敷の地下にあった蘭引を渡しておこう。蒸溜酒の本格生産のためだと言えば、カイトも文句は言わんだろう。




