挿 話 烏丸良志という人物
今回は挿話です。
烏丸良志。
マンションの一室に居を構える若い男性。
時々買い物に出る以外は、基本的にマンションに引き籠もっている。今流行のニートという種族であろうか。
ただ、顔を合わせれば毎回きちんと挨拶をするし、ゴミ出しなどの規則もしっかりと守っている。自分から交流を求める事はしないが、頼まれれば町内会の行事にも参加する。あまり熱心にではないが。
総じて言えば毒にも薬にもならない男。それが近所の主婦連の評価であった。
「そうねぇ……悪い人には見えないけどねぇ」
「でもほら、こんなご時世だし、見かけだけじゃ判らないわよ?」
「あの人が……っていうのが定番だしねぇ。ワイドショーなんかだと」
「でも、挨拶もきちんとするし、若い人にしちゃ礼儀正しいわよね」
「そうそう。熱心にじゃないけど、頼めばバザーの手伝いなんかもしてくれるし」
「接客は勘弁してくれって言われたわよ?」
「あら、けど、準備をあれだけやってくれたら上等よ」
「そうそう、看板とかポスターとか、サラサラっと描いてくれたしね」
「結構上手だったわよね」
「うちの息子なんか、一体誰が描いたんだーって、うるさかったわよ」
「鳥とか草花の名前も能く知ってるし」
「ほら、町内会のピクニックのガイドブック、作ってくれたじゃない」
「そうそう、草花の絵なんか本職みたいで」
「あら? 本職なんじゃないの?」
「違うみたいよ? 余技だって言ってたし」
「何をしてるのかしらね、仕事?」
「何もやってないんじゃないの? 引き籠もってるんだし」
「株か何かやってるのかしら?」
「そんな感じじゃないけどねぇ……」
・・・・・・・・
烏丸良志。
黒烏のペンネームで執筆するライトノベル作家。
インターネットの投稿サイト出身で、軽いタッチのラブコメを得意とするが、最近はいわゆる異世界物にも手を出している。
人付き合いが苦手だと標榜している割に、癖のある作家や編集者の相手もそつなくこなす、高い対人スキルの持ち主であると評判を取っている。
見かけによらず多芸多才であり、殊に、社内の将棋天狗であった剣持編集長を相手に七連勝という不倒の記録を打ち立てた業績は、今も語り種になっている。
引き籠もりを自称している癖に面倒見の好い男。それが作家仲間の評価であった。
「いや、彼は人付き合いが苦手なんじゃなくて、面倒臭いだけでしょう」
「確かにそんな気がするねぇ。きちんとこちらの目を見て話すしね」
「いや……それくらい普通でしょう?」
「視線が君とは違うんだよ。機会があれば人を騙そうと、隙を窺っているような視線じゃないからね」
「またそういう事を……人が聞いたら誤解しますよ」
「いやいや、誤解じゃないからね。まあ、それはともかく黒烏君だが、今度の懇親会には来るのかね?」
「どうでしょうねぇ……黒烏先生、こういう席は避けてますからねぇ……」
「君、幹事なんだろ? 何とか引っ張り出したまえよ。彼が来ると盛り上がりが違うんだよ」
「剣持編集長からも言われました、それ」
「編集長は雪辱の機会を虎視眈々と狙ってるからねぇ……」
「ただ……草間さんからも同じような事を言われたんですよ……」
「草間女史が? ……そりゃ、黒烏君、来ないかもねぇ……」
「危機感知のスキルは高いみたいですからねぇ……」
・・・・・・・・
烏丸良志。
黒烏のペンネームで執筆するライトノベル作家。
三~四社の出版社と付き合いがあり、各社の編集者とも如才なく付き合っている。時に曲者が現れる作家の中では珍しく話の通じる――といってもイエスマンという訳ではないが――相手であり、新人編集にもそつなく応対してくれるため、編集部からの人物評価は概ね高い。……ただ一人、天敵とも言える編集者がいるが、彼女とも一応は破綻の無い関係を保っている。
新人編集者でも問題無く対応してくれるありがたい作家というのが、編集部の評価であった。
「……とはいえ、草間女史だけは天敵みたいなんだよな」
「また、草間さん好みのキャラを上手に描くんだ、彼は」
「恋愛物じゃなくて異世界物の方だな?」
「恋愛物を描いてる頃は、草間さんもあまりおかしなちょっかいはかけなかったみたいだからな」
「あぁ、ごく普通の……とは言いにくいが、健全な作風だったからな」
「今でも健全は健全だろう。それを言うなら、不健全が割り込む隙の無い作風と言うべきだ」
「転機になったのは、今ネットで連載中の異世界物だろう」
「主人公が少年だったからな。その友人も同年配ばかりだし」
「腐間女史の好物だよな……」
「あれ、ネットの連載じゃ十六歳だったのを、草間女史が介入して十四歳に下げたんだろ?」
「当初は十歳にしようと画策していたのを、黒烏先生必死の反撃で十四歳に持ち込んだらしいぞ?」
「新米にもきちんと対応してくれる先生だから、応援してあげたいんだけどなぁ……」
「相手が草間女史じゃなぁ……あれで津○塾出の才媛だっていうからな」
「いや、彼女も黒烏先生が相手だと勝手が違うみたいだぞ?」
「忘年会では返り討ちに遭ってたからな……あの飲み潰し合いは凄かった……」
「黒烏先生、うちの新米がポカやりかけたのをフォローしてくれたんだよなぁ……」
「その件じゃ大きな借りができたんだろうが。頑張って援護に回れ」
「他人事だと思って……いや、当の新米を嗾けるか。元々はあいつの失敗なんだし、あいつにやらせるのが筋ってもんだよな」
「おいおい、新人に草間さんの相手はきついだろう」
「いつかみたいに退社してもしらんぞ?」
「あれはうちの社じゃない……とばかりは言えんか」
「「「好い先生なんだけどなぁ……」」」
次回から本編に戻ります。




