第百四十五章 王都イラストリア 6.国王執務室~シャルド再び~
ウォーレン卿の提案が一応収まりがついたとみたところで、今度は宰相が――自分のターンであると言わんばかりに――発言する。
「さて……今度はこちらからの話を聞いてもらおうかの。実は、シャルドの遺跡が問題になっておる」
「シャルド?」
今更何が、と言いたげなローバー将軍とウォーレン卿。対する国務卿たちは、渋い、あるいはうんざりしたような表情を浮かべている。
「……何かあったんで?」
「シャルドの遺跡を拠点として使う……そういう話が持ち上がっておる」
「「はぁ!?」」
ローバー将軍とウォーレン卿、二人の声が重なった。
「先日、シャルドの封印遺跡についての報告書が上梓されたのは知っていよう」
「あぁ……そう言えば、そんな事を言ってましたな」
シャルドの封印遺跡は、既に第一大隊の手を離れている。ローバー将軍の関心も、それに比例して薄くなっていた。
「それによれば、彼の遺跡には、概ね一個大隊ほどの兵士が駐屯できるそうじゃ」
「目下の火種はテオドラムでしょうに。あんな場所に一個大隊を置いてどうすんです?」
「いや、それはこういう事なんだ」
不得要領な顔のローバー将軍に、ローバー軍務卿代理が事情を説明していく。
「つまり、テオドラムの件は一旦脇に措いて、王国の中央部に一ヵ所支援拠点を造ってはどうか、そういう提案なんだ」
「そう言やぁ……シャルドは――東西方向はともかく――南北方向では王国の中央近くになりますな」
「そう。だから、南北いずれの方向に異変が起きても、等しく支援が可能だ、そういう言い分なんだな」
「南北どっちからも遠い……てぇ発想にゃならねぇんですかね」
「そういう悲観的・非生産的な考えは嫌われるのだよ。それはともかく、支援拠点としてシャルドを見ると、中々上手い位置にある事が判る」
「……万一敵が王都に進軍して来た場合は、シアカスターで足止めして、シャルドで横っ腹を突くってぇ筋ですかぃ?」
「それに、交易の要衝であるバンクスを守るのにも都合が好い」
「けど、あそこはエルフや獣人たちのお気に入りですぜ?」
疑わしげに懸念を表したローバー将軍に、宰相が溜息を吐いて応じる。
「問題はそこじゃ。マーベリック学院長の講演以来、亜人……いや、ノンヒュームたちは戦乱を嫌って彼の遺跡を廃棄したという説が罷り通っておる。そこへもって、封印遺跡を軍事拠点に用いるなどと言った日には……」
「非難の大合唱が起こりますな。間違い無く」
「そこで、ウォーレン卿が先程言った、危機管理拠点という考え方が重要になる訳だ」
兄ローバー卿が、ちらりとウォーレン卿の方に目をくれながら、そう続ける。
「成ぁる程……軍事拠点でなく、危機管理の拠点――と言い包めようって腹ですかい」
「人聞きの悪い事を言うでない。実際に危機管理のために用いるつもりじゃ」
「具体的には、支援物資の備蓄場所だな」
「要は兵站基地って事でしょうが」
「軍人なら、そう表現するかもしれないな」
「兄上は軍務卿代理でしょうが。軍人として判り易く言ってほしいもんですな」
「軍務卿という立場は、軍人とはまた少し違うのだよ」
兄弟の掛け合い漫才が一段落したところで、ウォーレン卿が口を挟む。
「仮にシャルドの遺跡を拠点化するにしても、まだ先の話でしょう。王国としては、危機管理拠点の構築も先に延ばすという事なのですか?」
「いや、そうではない。間違えてもらっては困る」
ウォーレン卿の疑義に答えたのは国王であった。
「卿の言う危機管理体制の構築は、一刻を争うものだと解っておる。シャルドの遺跡はそれとは別の話として理解してもらいたい」
「では、当面の拠点はどこに?」
「王都に用意した氷室を利用してはどうかと思っておる。色々と目眩ましにもなろうからな」
次回は挿話です。




