第百四十五章 王都イラストリア 4.国王執務室~冷蔵箱と魔法使い~(その2)
堪りかねたように叫ぶ商務卿と内務卿を――それこそ亡国の徒を見るような目付きで――じろりと眺めるローバー将軍。
「既に氷室も完成し、今年の夏には実働試験に入る手筈が整っている。酒造ギルドともその方向で調整済みだ。今更話をご破算にはできんよ」
同僚を弁護するように説明するバーモット財務卿の台詞を聞いて、将軍の眉間にムクムクと雷雲が湧き上がる……のに目敏く気付いたウォーレン卿が、間一髪のタイミングで割って入る。
「抑、なぜ氷魔術師の確保を急いだんです? 当面は氷室の氷で試験運用するという話だったのでは?」
「そのつもりじゃった……」
溜息を吐きつつ説明する宰相。ちなみに、ここまで国王は――賢明にも――沈黙を守っている。
「酒造ギルドの連中が、密かに氷魔術師を集め始めたのが発端じゃ」
「酒造ギルドとしては、氷室が王国の管理下にある事から、冷蔵箱の運用が紐付きになるのを懸念したんでしょうね。当然の反応です」
ウォーレン卿の口調もいつになく冷ややかである。
「それはそうじゃが……儂らとしても指を銜えて眺めておる訳にもいかぬ」
「で、王国としても氷魔術師を募集して……」
「誘致合戦が過熱したってぇ訳ですかい」
馬鹿かお前ら、と言いたげなローバー将軍の白い目付きに、がっくりと項垂れる宰相。幼い頃からの二人を知っている者――例えば国王――から見ると珍しい光景である。
「とにかく、軍から魔術師が流出しつつある現状を改めるのは焦眉の急です。この点には諸卿にも異存はあるまいと愚考しますが?」
文句があるなら言ってみろ、と言わんばかりのウォーレン卿に、ローバー軍務卿代理が一つ咳払いをして応じる。
「身贔屓という訳ではないが、軍務卿代理としては弟とウォーレン卿の主張を認めざるを得ない。事態がそこまで切迫しているのなら、これは冷蔵箱に優先する問題と考える」
「しかし……急に対策と言われても……」
「要は、氷魔術師を優遇し過ぎているために、魔術師の数に不均衡が生じている、あるいは生じようとしているのが問題な訳です。氷魔術師の優遇を止めれば、事態は元に戻るでしょう」
あくまでも冷静に冷ややかに、ウォーレン卿が事態を分析する。
「だが、冷蔵箱の運用を考える上で、氷魔術師の存在は不可欠だ。冷蔵箱計画自体を止める事ができない以上、氷魔術師の募集を中止する訳にもいかん……」
ちなみに、ドワーフたちが硝石を発見し、それを用いた冷却技術の開発に成功して盤面を再び盛大にひっくり返すのは、もう少し先の事である。
「いえ、相対的に氷魔術師が優遇されているのが問題なのですから、氷魔術師以外の魔術師の待遇を上げれば、不均衡は解消する筈です」
「魔術兵の待遇を氷魔術師なみに上げろと言うのかね? しかし、そうすると今度は、一般兵と魔術兵の間で不均衡が……」
「えぇ。ですから、兵士全体の待遇を上げる必要があります」
しれっとした顔で言ってのけたウォーレン卿に、今度はバーモット財務卿が噛み付く。
「馬鹿な! それだけの予算をどこから……」
「我々が原因を作った訳ではありませんよ?」
涼しい顔と冷たい口調で、ウォーレン卿が切り返す。後ろにいるローバー将軍も、我が意を得たりという表情で頷いている。
渋い顔で、しかし反論の糸口を掴めずに黙っている財務卿を見て、ようやく国王が口を出す。
「ここはローバー……イシャライアたちの主張に理があるようだな。兵士の俸給が低いのではないかという話は以前からあった。この際、その問題を解消しておくのも悪くはあるまい。臨時の補正予算は必要になろうが、冷蔵箱がこちらの目論見どおりの働きをすれば、経済の活性化により税収も上がる筈。軍の予算にはその分を充てれば問題はあるまい」
「は……」
増収分であれもこれもと描いていた夢が儚く消えて渋い顔の一同だが、ここは国王の言い分が正しい。頷く以外の選択肢は無かった。
「と、いう事でどうだ?」
「結構ですな。儂からの提議はそれだけですが、ウォーレンのやつが何か言いたい事があるそうです」
「ウォーレン卿が……?」
国王と宰相の視線に、不安と怯えが混じった。




