第百四十五章 王都イラストリア 2.王国軍第一大隊(その2)
常識を外れたダンジョンに些か頭痛を覚えたものの、ローバー将軍は次の問題点に移る事にした。まだまだ突っ込み所は数多い。一ヵ所に拘ってはいられないのである。
「……この、十月のところに書いてある、テオドラム軍の異常ってぇなぁ……」
「はい。我が国への侵攻を窺わせながら、それが突然立ち消えになった件です。テオドラムは秘匿していますが、噂話や他国からの情報を総合すると、どうも侵攻部隊に壊滅的な何かが起きたようで……」
「……詳細は判らんのか?」
「残念ながら。ただ、これもⅩの可能性が濃厚なので、リストには記しておきました」
「うむ……」
まず間違いは無いだろうなと思いながら、将軍はリストの先を追った。
三年目の三月にまたしてもテオドラムの冒険者が『ピット』で落命している事は、もう気にしない事にする。
テオドラムの御用商人が処刑された一件は、イラストリア勅使の随行員が一部始終を目撃しているから、将軍も深くは追及せずに先へ進んだのだが……
「……おい、モルヴァニア国境で鬼火が出たってぇなぁ、どっから聞き込んできた?」
「あぁ、それも公式な報告としては出ていません。モルヴァニアに砒霜汚染の絡みで派遣した学院の研究者が、雑談の中で聞き込んできたんです。……実はそれも自分が頭を悩ませている理由の一つです?」
「うん? どういう事だ?」
シュレクのダンジョン付近で、ダンジョンモンスターの活動が見られた。別に不思議な事は無いだろうという顔のローバー将軍に、ウォーレン卿が説明する。
「まず、ダンジョン付近とは言っても、シュレクの廃坑からモルヴァニアの監視部隊の陣地までは、三百キロ以上離れています。通常のダンジョンモンスターの活動範囲ではありません。幾らⅩのダンジョンモンスターが特別だといっても、何の目的も無く出歩く距離だとは思えません。事実、モルヴァニアの陣地で鬼火が見られたのは、この一回きりです」
「ふむ……」
「同月、マーカスにスケルトンワイバーンが出現した件は、後の『災厄の岩窟』に至る前振りとも考えられますが……」
「同じ頃、モルヴァニアの国境付近に鬼火が出て、マーカスに現れたスケルトンワイバーンも国境付近で消えた……」
「はい、何らかの意図を感じますが、その正体が判りません。Ⅹなら無駄な事はしない筈です」
「ふむ……テオドラムの国境付近で何かを仕掛けた可能性はある、か……」
しばし瞑目して考え込んでいた将軍であったが、事がテオドラム国内なら確認のしようも無いと割り切ったらしく、視線をリストの先へ進める。
「『災厄の岩窟』の件は良いとして、最後のこれは、いつだったか宰相殿が仰っていたやつか?」
マーカスが亡命者から訊き出したグレゴーラムでの騒ぎの一件は、魔道具を通じて他の国にも通達されている。ローバー将軍もその件については報告を受けていた。
「……で? お前の不機嫌の理由は何だ?」
「えぇ、このところⅩの動きが不活溌なのが気になって……」
「おいこら、ちょっと待て! どこが不活溌だ!?」
なおも喚き立てようとする将軍を制して、ウォーレン卿はリストの幾つかに印を付けていく。
「確かにリストには色々書いてありますが、そのうち幾つかはテオドラムや冒険者の行動に対して反応しただけです。Ⅹが自発的に行動したと思われるケースだけを抜き出してみると……」
一年目
・六月 モローに双子のダンジョンが出現。
・七月 シルヴァの森でバレン男爵軍を撃滅。
・八月 ノーランドの関所を急襲。後に陽動と判明。
第一次ヴァザーリ戦。
・十一月 第二次ヴァザーリ戦。
二年目
・四月 モローに魔族が出現し、兵士を襲う。
・九月 シュレクにあるテオドラムの鉱山がダンジョン化。
・十月 テオドラムの対外派遣部隊に何らかの異常が発生?
三年目
・三月 モルヴァニア、シュレクのダンジョン付近で砒霜汚染の低下を確認。
・四月 テオドラムの御用商人がシュレクのダンジョンに処刑される。
・六月 国境付近でモルヴァニア軍が鬼火を確認。
マーカスにスケルトンワイバーンが出現。
・七月 「災厄の岩窟」出現。
「……成る程、大分減っちまったな……うん? グレゴーラムでの騒ぎは入らねぇのか?」
「あれもどうやら、テオドラム軍が我が国との国境付近で何かしでかした結果らしいですからね。それに、グレゴーラムではモンスターは確認されていないようですし」
「ふむ……んで? 何が気にいらねぇ?」
「昨年の七月からこっち、Ⅹは目立った活動を見せていません。水面下で何か動いているのではないかと、それが気になるんですよ……」
実際には、砂糖菓子の開発やら新年祭やら幽霊船の件やらで大車輪だったのだが。
「取り越し苦労……と、言いてぇところだが……」
「はい。Ⅹが相手では、軽く考える事は禁物です」
ウォーレン卿の懸念が取り越し苦労かどうか明らかになるには、もう少し時間がかかりそうであった。




