第百四十五章 王都イラストリア 1.王国軍第一大隊(その1)
イラストリア王国第一大隊の駐屯所では、ウォーレン卿が一枚の紙を前に難しい表情で考え込んでいた……
「おいウォーレン、時化た面してどうした?」
……ところへ、無遠慮な声を掛けたのは国軍の主、あるいは親玉と称される――総司令官と呼ばれないあたりが本人の為人を表している――ローバー将軍であった。
「時化た気分にもなります。Ⅹの動きが不気味となればね」
いきなり物騒な話題を持ち出されて、将軍の眉根が寄せられる。
「……Ⅹのやつがまたぞろ何かしでかしたってぇのか?」
「逆です。ここのところ妙に静かなのが気になるんですよ」
そう言ってウォーレン卿が差し出した一枚の紙に書かれていたのは……
「……何だ? Ⅹのしでかした事を纏めたのか」
「はい。便宜的に、モローのダンジョンが確認されたのを一年目としてあります」
一年目
・六月 モローに双子のダンジョンが出現。勇者パーティ全滅。
・七月 シルヴァの森でバレン男爵軍を撃滅。
・八月 ノーランドの関所を急襲。後に陽動と判明。
第一次ヴァザーリ戦。
・十一月 第二次ヴァザーリ戦。
二年目
・四月 モローに魔族が出現し、兵士を襲う。
・七月 テオドラムの冒険者一行が「ピット」というダンジョン付近で全滅。
・八月 テオドラムの冒険者一行が「ピット」というダンジョン付近で全滅。
・九月 シュレクにあるテオドラムの鉱山がダンジョン化。
・十月 テオドラムの部隊に何らかの異常が発生?
三年目
・三月 テオドラムの冒険者一行が「ピット」というダンジョン付近で全滅。
モルヴァニア、シュレクのダンジョン付近で砒霜汚染の低下を確認。
・四月 テオドラムの御用商人がシュレクのダンジョンに処刑される。
・六月 国境付近でモルヴァニア軍が鬼火を確認。
マーカスにスケルトンワイバーンが出現。
・七月 「災厄の岩窟」出現。黄金のゴーレムと銅製の屍体が発見される。
・九月 「災厄の岩窟」の岩山が増加。ノーデン男爵軍を撃退。
・十月 ヤルタ教の二代目勇者が「流砂の迷宮」で消息を絶つ。
・十一月 テオドラム王国グレゴーラムで何か騒ぎがあったもよう。
「……おい、ウォーレン。初めて目にするような内容が並んでるんだが……、まず、この『ピット』ってなぁ何だ?」
「あぁ、それですか。不勉強で自分も知らなかったんですが、我が国の南部にあるダンジョンだそうです」
「はぁっ!? 何でそこにテオドラムの冒険者が出てくるんだよ!?」
「冒険者の活動は国境に縛られませんから。それに、国内の森林を伐り尽くしたテオドラムにはモンスターを狩れる場所が無く、半ば慣行的に、その『ピット』の周辺で狩りをしていたようです」
「……その話を、一体どこで仕入れてきた? 儂は初耳なんだが?」
「冒険者ギルドに行って、ここ数年のダンジョンの動きを調べてみたら出てきたんですよ。ただ、我が国の冒険者はあまりその辺りに行かないそうでして、テオドラムの冒険者ギルドからもたらされた情報しか無いようです。という訳で、若干不確実な部分はありますが、検討のための題材として一応書いておきました」
「……不確実な情報だというなら、正式な報告を上げなかったのは良い。だが、たとえ非公式にでも、儂には一言報せておいてほしかったな」
「申し訳ありません。情報を得たのがつい最近だったもので」
しれっとした顔で答えるウォーレン卿をジト目で見ながら、ローバー将軍は言葉を続ける。
「……その『ピット』とやらで、テオドラムの冒険者が立て続けに全滅してるのは、なぜだ?」
「それなんですが……能く解りません。ギルドに訊いても、取り立てて珍しい素材が出るとは思えないそうでして。ただ、そこはテオドラムにとって数少ない……というか、ほぼ唯一の狩り場なんだそうで、そのためじゃないかと言っていました。とは言え、この『ピット』というダンジョン付近で、こうも多くの冒険者が命を落としたケースはこれまで無かったそうです。付近に出てくるモンスターも随分凶悪なものに変わったとか」
「……おいウォーレン、さっきから付近付近って連発してるが……まさか……」
「はい。『ピット』のダンジョンモンスターは、ダンジョンの外で狩りをするらしいです」
「何だ、そりゃ!?」




