第百四十四章 マーカス 1.国境監視部隊(その1)
発端は昨年の秋にまで遡る。
その日、マーカスの国境監視部隊の指揮官であるファイドル代将は、部下からもたらされた報告を前に首を捻っていた。
「テオドラム兵の武装に変化? それも、ウォーピックだと?」
ウォーピックとは、鶴嘴とハンマーを合わせたような形状の、対重装歩兵用の打撃武器である。その性質上、どうしても接近戦を強いられる事になる上、威力を求めると重くならざるを得ない――言い換えると、軽快に動く事は難しい――ため、ダンジョン攻略に使用される事はあまり無い。
そんな癖のある武器を、結構な大人数が装備しているという。
「……やつら、何を考えているんだ?」
腕を組んでうんうんと唸っている上司を見かねたのか副官が、やや不確実な情報ですがと前置きして言う事には……
「ウォーピックに泥土が付いていた?」
「はい。遠目に垣間見えただけなので、絶対の確信は無いと言っていましたが」
その話が事実なら、テオドラム兵のウォーピックは、ダンジョンモンスターではなくダンジョンの土壁に対して振るわれた事になる。これはこれで重要な示唆であった。
「……その話が本当なら、やつら、ダンジョンの中で何かを掘っているという事になるが……」
その一ヵ月後、テオドラムがダンジョン内で水源を発見した事が確認され、彼らが目の色を変えて探していたものが何であったのかは判明した……と、その時はマーカス側はそう判断していた。
ところが、首尾良く水源を発見したにも拘わらず、テオドラム兵は相も変わらず鶴嘴――正確にはウォーピックなのだが、用途を考えると鶴嘴の方が正しいような気がする――を担いでダンジョン内に出撃して行く。
「更なる水源を探しているのでしょうか?」
「いや……その割りには、貯水設備を拡張する様子が見えない」
「ダンジョン内に造っているのかもしれませんよ?」
「ダンジョン内で兵士を休養させるのは無理だろう。気が休まらんぞ? 兵が待機する場所に貯水設備を造らずに、どこに造るというのだ?」
監視部隊の面々が揃って首を傾げていたところ、テオドラム陣営が妙に慌ただしくなったかと思うと、王都からと思われる飛竜がやって来たのが更に一ヵ月後の事。この時は読唇術で「骨」というワードを読み取ったものの、困惑の度合いは深まるばかり。更にその後、今度は一個中隊の増援がやって来た。
要するに、テオドラムがダンジョン内で何かを探している事、何か予想外のものを見つけたらしい事、その結果一個中隊が増援されたらしい事、などが判明はしたものの、何がどうなっているのかは少しも判らない、というのがマーカス側の状況であった。
・・・・・・・・
そして現在……
「相変わらずテオドラムのやつらは穴掘りに精を出しているのか?」
「はぁ、律儀なもんです」
「やつら……一体何を目論んでいる?」
去年の暮れから一時活動が低下していたものの、年が明けて再び掘削作業に邁進し始めたテオドラムの動きは、不可解を通り越して不気味ですらあった。
「……増援の一個中隊分の水資源という事は……?」
「考えられなくはないが……そこまで逼迫している様子でもあるのか?」
「いえ……そういう様子は見られません」
「重要拠点化を勧めるにしてもだ、目と鼻の先に我々が陣取っているのに、そんな気になるか? 立場が逆なら、儂は嫌だぞ?」
ファイドル代将の言葉には、副官も頷かざるを得ない。
「何かを探しているとしても、依然としてその『何か』が見つかったような様子はありません。にも拘わらず、彼らの志気は衰えてはいません」
「……続けろ」
「『何か』を探しているのではなく、掘削自体が目的という事は考えられませんか?」
「侵攻用のトンネルでも掘っていると言うのか? 可能性が無いとは言わんが……あまりにもあからさま過ぎないか?」
「そういう素振りでこちらを挑発している可能性はどうでしょう?」
「……今更過ぎないか?」
代将と副官の二人は思いつく限りの可能性を挙げていくが、実のところテオドラム側では、特に隠蔽や欺瞞の必要性に思い至っていなかった……目と鼻の先で何をどう誤魔化せるのかというのも事実であったが。
「トンネルでないとすると……軍事目的ではないのでしょうか?」
「と、思わせた欺瞞の可能性もあるがな」
不毛な会話に疲れた指揮官は、考え方を変える事にする。
「ひとつ視点を変えてみよう。テオドラムの連中が形振り構わず欲しがるものと言えば、何だ?」
代将の質問に、副官はしばらく考えていたが……
「あの国の国情を考えますと……水の他には……燃料、魔石、金属……」
と、そこまで言ったところで、指揮官と副官は顔を見合わせる。
「……鉄か?」
「可能性はあります。シュレクの鉱山はダンジョン化して、採鉱が不可能になっている筈ですから」
「燃料がダンジョン内で手に入るとは思えんし、魔石を得るのに鶴嘴は使わんだろうし……やはり鉄鉱石、もしくはその他の金属か」
石炭や石油についての知識があればそう短絡はしなかったであろうが、生憎こちらの世界――少なくともこの辺り一帯――では、燃料としての石炭石油の知名度は著しく低かった。
「……我々も、兵士に命じて探させる必要があるな」




