第百四十三章 テオドラム 3.テオドラム王城(その3)
とりあえず、イラストリアの――幻の――軍事拠点についての話は終わった……かと思いきや、少し離れたところに飛び火した。
「イラストリアの軍事拠点――既に軍事拠点という事に決まったらしい――については調査の結果を待つとして、だ」
ジルカ軍需卿はそこで言葉を切って、一同を見回す。
「……イラストリアに対する備えが手薄だったとは思わんか?」
軍需卿の言葉には、他の面々も頷かざるを得ない。
「確かに……備えが万全であれば、こうも狼狽える必要は無かったのだな」
「うむ。思えば、失われた二個大隊の調査も有耶無耶のままに終わっておる」
「調査結果を待たずに、イラストリアへの備えを見直すべきか」
「マーカス、モルヴァニア、ダンジョンマスターと、三方面への対処で手一杯なこの時期にか?」
「いや、今の時期だからこそ、備えに手をかける事もできる。火の手が上がってからでは、そんな余裕は無いぞ」
「むぅ……それも一理あるか」
と、そういう話になった。
「さて、万一イラストリアが侵攻してきた場合、それに対処するのは……」
「マルクトの『獅子』連隊とグレゴーラムの『鷹』連隊だな。オドラントに誘い込んで挟撃する手筈だった」
「しかし……」
「うむ。『鷹』連隊は度重なる人員の抽出とモンスターとのイザコザで、かなりな戦力低下を来している。他の連隊からの補充もまだ半ばでしかない」
「それを言うなら、マルクトの『獅子』連隊も同じだ。グレゴーラムへの補充のために、戦力の一部を抽出しているからな。新兵による補充はまだ済んでおらん」
マーカスやモルヴァニアに備えて兵力を移動した結果、イラストリアへの備えが手薄になっていた事に改めて気付き、顔色を悪くする国務卿たち。
「……新兵の補充を急がねばならんな」
「それだけでは不充分だ。何らかの形で防衛拠点を整備しておく必要がある」
「……イラストリアのようにか?」
「些か皮肉な話ではあるがな」
「しかし……その前に、レンヴィルからニルへ至る街道の安全確認をしておく必要があるだろう」
失われた二個大隊の捜索こそ行なったものの、そこに安全確認という視点は無かった。しかし、イラストリアの侵攻に備えた拠点の整備を考えるなら、安全確認は必要だろう。拠点の傍に、実はドラゴンやスケルトンワイバーンの巣があったなど、考えたくもない。
「そう言えば……ニルの冒険者ギルドが調査報告を出していたな」
メルカ内務卿が、以前に冒険者ギルドから上がってきた報告書の事をふと思い出す。
「ニルの冒険者ギルドが?」
「メルカ卿、その内容は? どうなっておったのだ?」
「確か……危険は無いとの報告だったと思う」
「ふむ……だが、それを鵜呑みにする訳にもいかん」
「同感だ。王国でも独自に調査隊を出して、確認させる必要がある」
「その調査結果を待つ必要はあるが、準備自体は早めに進めた方が良かろう」
「基本的には関所を造る方針で良いな?」
「あぁ。幸か不幸か、現在あの街道を利用する商人はほとんどおらんからな。文句も出んだろうよ」
中央街道の移動を妨げるような関所――国務卿たちの視点では阻止線――の建設。
ニルの冒険者ギルドの思惑とは反対方向に事態が進んでいた。




