第百四十三章 テオドラム 2.テオドラム王城(その2)
軍事拠点の建設が疑われるイラストリアに、確認のための人員を密かに派遣する。その是非について、国務卿たちは各々の胸中で検討するのだが……
「……だが、調べさせるにしても、何を調べさせるのだ? 経済情報など一介の冒険者には調べようがないし、調べさせれば目立つだろう?」
「そのあたりは本人の裁量に……と言いたいところだが、リーロットでの件をみるに、きちんとした指示を与えておかねば拙かろう。リーロットの二の舞は御免だ」
リーロットで馬鹿がやらかしてくれたせいで、テオドラムに対する住民感情が極端に悪化。折りも折り、ビールが登場した事もあって、リーロットにおける「酒場」すなわち諜報拠点の建設は断念せざるを得ない状況になっている。
同じような不手際を繰り返す事だけは、絶対に避けねばならなかった。
「……だな」
「任務の内容と裁量の範囲を、明確に指示しておく必要がある」
当たり前の事である。
「そういう事なら……建築場所を探させるのはどうだ? 仮にも工兵まで動員して軍事拠点を建設しようというのなら、作業もそう簡単には終わるまい。冬の間は工事を中断せざるを得まいから、雪融け後に再開となる筈だ」
「確かに。冬の中断による遅れを取り戻そうと、しゃかりきに動くだろうから、自ずと資材運搬も盛んになる筈。場所の特定は容易だろう」
……お気の毒だが、氷室の建設は既に終わっている。
氷室という性質上、積雪の前に完成していなければ役には立たないのである。
斯くの如く、テオドラムの思惑は初っ端から大きく外れていくのだが、そんな事情は国務卿たちはご存じない。
「だが……冒険者が怪しまれずに場所を探り出せるか?」
「いや、資材を運搬する必要がある以上、護衛の募集があっても不自然ではない」
「成る程……依頼内容の確認という形なら、仔細を訊いてもおかしくないな」
「よし、それでいこう」
資材運搬の仕事など無い。
故に、護衛の仕事も無い。
しかし、そういう場合にどうするのかという発想は、彼らの頭からは出てこないようだ。
その代わりに……
「どうせなら、ついでにダンジョンの事も調べさせるのはどうだ?
「ダンジョンだと?」
「うむ。我が国にこれまでダンジョンは無かった。そのせいで、我々はダンジョンについての情報に疎い部分があるのは否めぬ。どうせイラストリアに兵を派遣するのなら、この際ダンジョンについての情報を集めさせてはどうかと思ってな」
「成る程。確かに場所を探すだけでは簡単に過ぎて、派遣の手間に見合わぬな」
「うむ。悪くない案のように思える」
実際は簡単どころではないのだが。
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さて、この後どういう事になるのかというと……
経済情報が月報の形で纏まるのは、どうしても一月遅れになる。イラストリアは雪融け早々に吶喊で作業を開始すると判断――というか誤解――したテオドラムは、それに間に合うようにと早めに兵士を送り込む事になる。その結果、その月の資材購入が少ない事が判明する頃には、既に調査員はイラストリアに無駄足を運んだ後。
急いては事をし損じるの実例のような顛末となるのだが、それはもう少し先の話である。




