挿 話 幽霊船
某日、某国の某偵察局。
某部署の主任解析官は部下が持って来た新聞に困惑していた。全国紙でも経済紙でもなく、どちらかというと通俗的な記事が売り物の地方紙である。
「……で? この記事が何だって言うんだ?」
ご丁寧に付箋を付けてくれた記事を一読して、主任は困惑の表情を隠せなかった。何しろその記事は、この現代に――UFOとかETならまだしも――幽霊船が出たというネタを扱っているのである。
「お気付きになりませんか? その座標に」
「座標? ……おい、ここって……?」
「はい。二年前に正体不明の軍艦が出現した海域です」
クロウがアンシーンを改修するに当たっては、異空間の中で改修しても異界渡りの歪みは受けない――従ってレベルアップに影響しない――だろうという判断の下に、態々海中に出現させてから改修を行なっていた。
そしてその場所であるが、以前にクロウが訪れた事があるという単純な理由から、クリスマスシティーの沈没地点が選ばれていた。
「……確かに奇妙な偶然だが……この記事を読む限り、あの時の巡洋艦とは別物だろう? 帆船だって書いてあるぞ?」
「えぇ。一応記者には話を聞きましたし、目撃者たちが目撃談をウェブで公開しています。ただ……目撃者の中に帆船だか歴史だかに詳しい男がいまして、彼が主張するには……」
「――主張するには?」
「……あの船は、『カティ・サーク』であったと……」
ここに至って、主任解析官の忍耐も限界に達した。
「馬鹿も休み休み言え! カティ・サークは幽霊船どころか、現物がロンドンに展示されている筈だろうが!」
「はぁ……自分もそう言ったんですが、その男は断固として譲らず……」
「いい加減にしろ! カティ・サークの生き霊が幽体離脱して現れたとでも言うのか? その男は!」
「いえ……そこまでは。彼も困惑してはいたようですが、確認できた事実として、あの船はカティ・サークであったと主張している訳です」
「確認できた事実ねぇ……」
「一応、幾つかの写真が公開されているので……」
「待て。写真があるのか?」
「夜なので写りは悪いですが」
そう言って部下が並べた写真は、成る程確かに三本マストの帆船であった。
「ご覧のように、三本マストの帆船、それも所謂シップ型だという事は判りますし、比較的細長い感じもします。ですが……」
「カティ・サークと特定できる程ではないな」
「はい。あり得る説明としては、カティ・サークに似せて造った帆船という事になるでしょうが……」
「その場合でも状況の不自然さは変わらん。問題はこの船が幽霊船まがいに出没してみせた事であって、船形などは付随的な問題に過ぎん」
「仰るとおりです」
「……まぁ、船の正体に関しては措いておくとしてもだ、前回確認された巡洋艦との共通点は?」
「出没の状況と場所以外には」
部下の言葉に、主任は改めて記事に目を通す。
「……成る程。同じように霧に紛れて現れたのか……」
「霧が曲者でしょうか?」
「こっちの幽霊船は、衛星画像には写ってないのか?」
「残念ながら、タイミングが悪くて」
「ふむ……船長の証言では、レーダーには反応が無く、突然霧の中から現れたとなっているが……」
「木造の帆船なら、商船のレーダーには映りにくい筈です。あながち出鱈目とも思えません。寧ろ、船員や船客たちが見ている前で、霧と共に消え去った事の方が問題でしょう」
ちなみに、アンシーンが商船の前に姿を現したのは、クロウの指示によるものであった。アンシーンのステルス能力を確かめるには実験が一番と、妙なところで腹を括ったクロウが、折良く通りがかった商船の前にアンシーンを出現させ、そうして姿を消させたのであった。
クロウの思惑どおり、ネット上には幽霊船の記事が飛び交い、乗員からどのように見えるのかという点を確認する事ができた。その後の騒ぎなど、クロウの知った事ではない。
「どうします?」
「前回の幽霊巡洋艦の時にも、俺は散々に嫌味を言われたんだぞ?」
「では……?」
「報告してもしなくても問題になるなら、報告するさ。それが俺たちの仕事だ」




