第百四十一章 難破船 7.帰還
「お帰りなさいませ、ご主人様」
どこかのメイド喫茶や執事喫茶のような挨拶だが、クロウがヴィンシュタットのカイト邸を訪れただけである。
「ご主人様、酒は?」
「手に入ったんですかい?」
身も蓋も無く、剥き出しの欲望を突き付けてきたのは呑兵衛コンビのカイトとバートである。
「カイト! バートも、もう少し礼儀ってものを弁えなさい!」
マリアにきつく窘められて頭を掻いているが、その間もちらちらと上目遣いにクロウを見ているあたり、本音は酒に向いている事が丸わかりである。こんな二人だが、いざという時には別人のようにキビキビと動く。オンとオフの使い分けが上手いのだろう。
クロウは軽く溜息を吐くと、待ち構えている二人に成果を告げる。
「一応、幾つかは回収できたがな。『鑑定』の結果、飲用可能となっているものだけを回収してはきたんだが……正直言って、味の方は保証できんぞ?」
「いや、そりゃあ解ってますって」
「沈没船から持って来た酒ってだけで、何かこう、ありがてぇじゃねぇですか」
「……その気持ちは解らんでもないな」
宝探しとか、財宝とか、難破船とか……男の子の中二病をくすぐるワードには違いない。
「まぁ、今回最大の収穫は、酒ではないんだがな」
「へ?」
「もっと凄ぇもんが!?」
「ご主人様、何を持ち帰ってこられたんですか?」
「あぁ、幽霊船を一艘な」
「「「「「は?」」」」」
間の抜けた疑問の声が揃った。
・・・・・・・・
「何というか……」
「さすがご主人様……半端じゃねぇわ……」
「難破船ごとダンジョン化ですかい……」
「いや? 俺はクリスマスシティーの提案を容れただけだからな?」
「確かに……提案する方もする方ですけど……」
「躊躇無くそれを実行する方も……」
頭を抱えるカイトたち。他のアンデッドたちも驚きはしているが、あぁやっぱり、というような表情も混じっている。シュレクで散々やらかした事を聞いているからだろうか。
ハクとシュクは目を見開いているが、その目はキラキラと輝いている。宝探し・財宝・難破船に加えて幽霊船である。男の子の冒険心をいたくそそったようだ。
「……まぁ、とにかく、味見をしてみませんか?」
今更どうこう言ってもしょうがないと吹っ切った様子で、ハンクが提案してくる。無論クロウにも、他の面々にも異論は無く、海中熟成したワインの試飲会となった……の・だ・が……。
「……何つぅか……当たり外れが大きいっすね」
「……美味いのはとことん美味いんだけどな……」
元々の酒の品質・瓶の密閉度・積まれていた位置・火入れの如何・瓶の中に空気が入っていたかどうか……そんな諸々の条件が影響しているのだろう。呆れるほどに味のばらつきが大きかった。
「ご主人様、このワイン、どうなさるおつもりですか?」
口に出して問いかけたのはフレイだが、他の面々も同じ意見らしく、うんうんと頷いている。
「うん? どういう事だ? 皆で飲んで終わりじゃないのか?」
「あ、いえ。美味しい分は売り物になるんじゃないかと。沈没船から回収してきたっていうのも珍しいですし」
売り物ねぇ、とクロウは考える。
確かに、物見高い貴族などは買うかも知れないが、余計な詮索をされると面倒である。目立ちたくないクロウとしては、あまり魅力的には思えない。
「確かに……ご主人様の場合、貴族との伝手を得る事が有利とは、一概には言えませんね」
「でも……そうするとこのワイン、そこの馬鹿二人が飲み干してしまいそうですけど……それも何だか勿体無い気が……」
「おいマリア! 馬鹿とは何だよ!?」
「そうだぞ、二人ってなぁ何だ!」
「……おい……バート……?」
「あ、でも、ご主人様が仰っていた『熟成』という事の証拠にはなりますよね?」
カイトとバートの仲間割れを有耶無耶にするつもりか、必死で話を逸らそうとするフレイ。
フレイとしては適当に話を振っただけなのかも知れないが、クロウは意外にありかもしれないと受け止めていた。
「そうだな……この国で本当に『熟成』が知られていないというのなら、ドランの村に持ち込んでも面白いかもしれんな……」




