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第百四十一章 難破船 5.アンシーン(その1)

 クリスマスシティーのサブコアを取り外したクロウは、えっちらおっちら――何しろ、元になったのは直径三十センチのガラス玉である。重さの方もそれなりであった――それを艦橋(ブリッジ)に運び込むと、それをダンジョンコアとして、沈没船のダンジョン化を実行した。規格外のクロウの魔力によって、沈没船だったものはゆっくりとその姿を変え……いや、元の姿に戻っていく。船腹の破口が塞がり、傷付いた竜骨(キール)が修復され、折れていたマストが再び甲板にそびえ立つ。マストにはいつの間にか帆すら張られていた。


 傾いた状態で沈底していた船体が揺らぐと、海底を離れて浮き上がり、そのまま水平状態を維持する。船内に充満していた海水すら、いつの間にか排出されたようだ。


 見る間に帆船としての姿を取り戻したのを見て、ウィンがクロウに問いかける。



(ぬし)様、この子の名前は何て言うんですか?』



 クリスマスシティーより小さいとはいえ、全長八十メートル強、総トン数九百トン以上になんなんとする船を指して「この子」というのもどうかと思うが、それはさておき、名前が付いていないのは問題である。

 ダンジョンコアとなった魔宝玉を運び込んだ時に、船名を示していたらしいプレートには気付いていた。但しそれは著しく破損しており、どうにかUという文字――少なくとも、英語のUに似た文字――で始まる名前という事が判ったに過ぎなかった。



(折角だから、Uで始まる名前にするか……しかし……弱ったな、この世界の帆船の命名基準なんか知らんぞ?)



 しばらく首を(ひね)っていたクロウであったが、えい面倒なとばかりに地球の船の名前を借用する事にする。どうせクリスマスシティーの名前にしてからが、この世界では意味不明な筈だ。幽霊船の名前が怪しいくらい、何の問題も無い……筈だ。



(しかし……Uで始まる船名か……)



 人名・都市名・河川名などを考えていたクロウの脳裏に、イギリスの潜水艦の名前が浮かんできた。かつてイギリスの潜水艦に付けられ、今は使用されていない名前。

 そして、ある意味で幽霊船に相応しい名前。



『そうだな……アンシーンUnseenという名前はどうだ? 俺の世界で「見えざる者」というような意味なんだが』



 クロウがそう言った途端に、船体が(おぼろ)な光に包まれる。その光が消えた時に、クロウは配下に新たなダンジョンが加わった事を知った。



【個体名】アンシーン

【種族】移動ダンジョン 幽霊船

 この世界の沈没船が理外の魔宝玉の力を得て蘇ったもの。

 総トン数:九百五十トン 全長:八十八メートル 

 積 載 量:通常六百トン 最大六百二十三トン

 兵  装:五十六口径四十ミリ連装機関砲(各舷三基十二門 隠顕式)

      魔導衝角(ラム)(有事に展開)

【地位】クロウの指揮下にあるゴーストダンジョン(・・・・・・・・・)

【スキル】各種の隠蔽と擬装



 さて、このアンシーンであるが、実は再生する時点で元の形とは少々……いや、かなり違った姿で顕現していた。

 原因は無論の事クロウである。

 正確に言えば、再生するに当たってクロウが脳裏に抱いていたイメージが反映されたためである。


 (そもそも)この世界では、三本マストに(じゅう)(はん)を張った、ヨーロッパではキャラベル船と呼ばれていた五十トンから百トン程度の船か、もしくは三本マストの前二本――フォアマストとメインマスト――に横帆(おうはん)、後ろの一本――ミズンマスト――に(じゅう)(はん)を張った、ヨーロッパでガレオン船と呼ばれていた五百トンから二千トン程度の船が、外洋航海の主流であった。小回りの利くキャラベル船は探検や貿易に、大型のガレオン船は海戦――とは言っても、相手は主にモンスターや海賊――や貿易にと、使い分けられていたのである。また、沿岸航海では、(かい)と帆で走るガレー船タイプの船も使われていた。


 そこでアンシーンに話を戻すと、その船影はキャラベル船ともガレオン船とも違っていた。三本マストには違いないが、三本のマスト全てに横帆(おうはん)が張られ、風上への切り上がりを担う(じゅう)(はん)としては、フォアマストと()(さき)の間にジブと呼ばれる三角帆が、マストとマストの間にもステイセイルと呼ばれる三角帆が張られていた。所謂(いわゆる)シップと呼ばれる形式であるが、高速を出すために船体は細長く、それが優美な印象を与えている。


 こういう事になった原因はただ一つ、クロウがこの世界の帆船というものについて知らなかっただけでなく、(そもそも)帆船というもの全般に詳しくなかった事である――仮にも歴史学科を卒業したくせにと(そし)られそうな話であるが。

 なのでクロウはダンジョン化に当たって、唯一記憶に残っている船をイメージした(わけ)だが……その船は()の有名な「カティ・サーク」であった。

 「カティ・サーク」はクリッパー、特にティー・クリッパーと呼ばれたタイプの帆船であり、高速を追求したために細長い船体で、三本マストの全てに横帆(おうはん)を、マストとマストの間、あるいはマストと()(さき)の間に三角形の(じゅう)(はん)を張るという、キャラベル船ともガレオン船とも――言い換えると、この世界のどの帆船とも――異なったタイプの船であった。


 更に話をややこしくしたのは、アンシーンが持つ兵装である。モデルとなった「カティ・サーク」とは違い、アンシーンは――最低限の自衛能力は必要とクロウが考えたために――五十六口径四十ミリ連装機関砲などという過剰にも程がある兵器を備えた上、有事には突撃用の魔導衝角(ラム)まで展開するという、非常識な兵装を有する事になった。

 大航海時代の戦列艦が装備していた三十六ポンドカノン砲という案もあったのだが、異質感では機関砲とどっこいな割に命中精度が甘く、対艦戦闘はまだしもモンスターに対する戦闘能力としては微妙であるとの判断から、即応性が高く対空能力も有する四十ミリ機関砲が主兵装に選ばれた。

 なに、()(ちょう)だ? そんなものは仲間の身の安全に較べたら、鴻毛(こうもう)程の軽さも無い。


 ()(よう)経緯(いきさつ)から、アンシーンは結果的に(わけ)の解らない船型となったのである。

 ちなみに当のクロウはと言えば、アンシーンの再生が自分のイメージに左右された事には、露ほども気付いていないのであった。



 一言で云えば、アンシーンはあらゆる意味で目立つ船になる可能性を持っていた。ただし、それを打ち消すだけの能力もまた備えていたのである。

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