挿 話 獣人たちの村で
本日投稿分の一話目が短かったので一話追加です。ヴァザーリから救い出された獣人たちの話です。
「ヤクっ……お前よく……無事でっ……」
奴隷商人から同胞を奪い返した獣人の村で、嗚咽まじりに幼い獣人を抱きしめているのは母親であろうか。少し離れた位置で目頭を拭っているのは、シルヴァの森のエルフの村で獣人への連絡を買って出た、ワーリャと呼ばれていた女性である。してみるとこの母親こそが、ワーリャが言っていた――人間に子供を攫われたという――知人に相違ない。この村の獣人たちは、攫われた子供を取り戻すのに成功したのである。
少し離れた位置に纏まっているのは、似たような粗末な衣服を纏った獣人の一団である。よく見ると耳や尻尾の形や様々であり、どうもあちこちの村から拉致されてきたようだ。泣き咽ぶ獣人の母子を見つめる彼らの目は温かく、そして、自分たちが奪われたもの失ったものを思い返すかのような哀しみを湛えていた。彼らの多くは目の前で肉親を殺されているのだ。
「済まんが、諸君にはしばらくの間この村に滞在して欲しい。事情の許す限り諸君らの故郷へ送り届けるつもりだが、少し時間を貰いたい。住居は、これも済まんが、しばらくの間は集会所で雑魚寝をしてもらう。ご覧の通り、空いた家がないのでね。どこか他所で暮らしたいというのなら止めはしないが、この村との連絡は絶やさないで欲しい。食い扶持も、自分たちで賄うというのなら止めないが、この村の狩り場を荒らさないように調整してくれ」
獣人の村のリーダーなのか、まだ若い男が解放奴隷たちに説明している。解放された彼らにも無論異存はなく、当座はここの村人と協力して生きていく事を了承した。獣人たちの多くは故郷の村を滅ぼされている。少なからぬ人数――その多くは若い女性――がこの村に留まるのではないかと、村長たちは考えていた。
「しかし、本当に異国の精霊術師とは大したものだな」
「あぁ、憎き人間どもに一矢報いた上に、多くの同胞を取り返す事ができた。我々も精霊術師殿に大きな借りができたというわけだ」
「うむ。エドラの民は恩知らずではない。この恩義は必ず返すべきだ」
「しかし……あの人間どもをこうもあっさりあしらうとは……精霊術師殿は一体何をなさったのかな?」
「ふむ。領主の私兵どもが全く動かんかった。警備の数もやけに少なかったな。もっとも、人間どもなぞ多少人数が増えたところでものの数ではないがな」
「そう言うな、件の精霊術師殿も人間だというぞ?」
「人間も悪いやつらばかりではないという事だろう。エルギン領の民などは俺たちを蔑みも差別もしないからな」
クロウの知らないところで、彼の株は着々と高値を更新していた。
明日は新しい章に入ります。クレヴァスのダンジョンが強大な敵に襲われます。




