第百四十一章 難破船 2.呑兵衛たちの嘆願(その2)
クロウの命令に従って、カイトとバートの二人が説明したのは……
「……いや、確かに、交易品として酒を積んでいる船もあるのかもしれんが……」
「かもしれん、じゃなくって、実際にあるんですって」
「おい、お前らついさっき、酒は造った傍から飲むって言わなかったか? だったら運んで来る間に品質が劣化して、売り物になんかならんだろうが?」
「あ、いえ……ご主人様、少し説明が足りない部分がありました」
ハンクが補足して言うには、海外から輸入される酒は別らしい。何か魔法でも使っているのか、船旅の間も味が落ちたりする事は無いのだという。
(……いや、それって、単純に火入れとか濾過とかしてるんじゃないのか?)
更に言えば、この大陸の酒でも、高いものはこの限りではないらしい。品質保持の魔法をかけて、味が落ちないようにして運んだりするそうだ。当然、その手数料に見合うだけの価格で売られる訳で、それでも文句の出ないだけの品質が要求されるのだという。
「つまり、船に積まれてるって段階で、美味ぇ酒なのは保証付きなんでさぁ」
「そりゃそうかも知れんが、船積みされる酒というのは樽詰めだろう? 船が難破しても、木樽はぷかぷか漂って行って、沈みはしないんじゃないか? 仮に船倉に詰まったまま沈んだとしても、長年の間に海水が滲み込んで、飲めたもんじゃなくなってるだろう」
と言うクロウの指摘にも、呑兵衛コンビは回答を用意していた。
「いやいやご主人様、酒が全て木樽に詰まってるって訳じゃありやせんって」
「焼き物の瓶に詰まってるのもありますから」
「焼き物……? 揺れが酷い船に積むというのに、態々割れ易い焼き物に酒を詰める理由があるのか?」
不審そうに訊ねたクロウに、今度はペーターが説明する。
「木材が豊富な地域ばかりではありませんから。テオドラムでも、木樽の代わりに焼き物の瓶を使う事は少なくありません」
成る程、確かに一々木樽を誂えると、却って割高になる場合というのはありそうだ。少なくとも、木樽が安価に手に入る地域と較べると、価格競争力の点では不利になるだろう。打開策として、木樽ではなく陶磁器の瓶を用いる事があってもおかしくは無い。蓋も同じように陶磁器製で、それが何かで密封してあったら、中身が保存されている可能性も無きにしは非ずだろう。
「っていう訳でして」
「海の底にゃぁ美味ぇ酒が眠ってる可能性があるんでさぁ」
と、自信満々に言う二人であるが……
「いや、そうだとしても、どうやってその酒瓶を回収すると言うんだ?」
「確かご主人様は、空飛ぶ船をお持ちでしたよね?」
・・・・・・・・
クロウがクリスマスシティーで荒海へ乗り出す事に決めたのは、別に呑兵衛二人の指嗾に乗った訳ではない。「難破船の財宝」という胸熱なワードにいたく心惹かれたせいである。
とは言うものの、どこへ行けば目当ての難破船に出会えるのか? この質問にはさすがの二人も即答できなかったが、代わって助言を寄越したのは、話の成り行きに興味津々となっていたダバルとペーターの二人であった。
「北の海?」
「はい。波が荒いだけでなく、モンスターに襲われて沈む船も多いと聞きます」
「しかし……一口に北の海と言ってもな……」
難しい顔付きで考え込むクロウを見て、何を思ったかカイトが席を立つと、やがて持って来たのは地図であった。
「えーと……確か、この辺りに海竜が出るって話を聞いた事が……」
「お、そう言やぁ、そんな話もあったな」
「あぁ、まさにその海域ですね。海竜だけでなく、潮の流れが複雑で、船を操るのが難しいんだそうです」
「波にしても、荒れる時には相当に荒れるらしいですよ」
口々にそう言いながら指し示す海域には、クロウも憶えがあった。
クリスマスシティーの試験航海の時、海竜と遭遇した海域であった。
クロウがパートリッジ卿からハーコート卿を紹介される、その八日前の事だった。
直前になってしまいましたが、「従魔とつくる異世界ダンジョン」の三巻が三月三十日に発売となります。残念ながら書籍版の刊行はこれで打ち切りとなりますが、「小説家になろう」での連載はまだ続けていく予定ですので、今しばらくのお付き合いをお願いします。




