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第百四十一章 難破船 1.呑兵衛たちの嘆願(その1)

 新年祭の終了から十一日目の事。



「あのぉ……ご主人様……そろそろじゃないかと思うんすけど……」



 藪から棒に妙な事を言い出したカイトに、クロウは(いぶか)しげな視線を向ける。……一体何の事だ?



「ほら、去年の五月祭の前に飲ませて戴いた……」

「蒸溜酒ってやつでさぁ」



 カイトとバートの飲み助コンビが水を向けるが、依然としてクロウは困惑の(てい)である。



「そろそろ新しいやつが……その、『熟成』とかを済ませた頃合いじゃねぇんですかい?」



 そう言われて、クロウは初めて呑兵衛たちの意図が理解できた。理解はできたのだが……



「……いや、別にあの後、新しい分を仕込んではいないからな?」



 そう言ったクロウを愕然とした表情で見つめる一同(・・)


 そう、カイトとバートだけでなく、マリアやハンク、果てはパウルとアンナ以下の使用人たちまで、呆然とした表情でクロウを見つめている。

 ここへ来てクロウは、ヴィンシュタットの面々がどれだけ蒸溜酒を待ち焦がれていたのか理解した。



「そんな……」

「無ぇんですかぃ……」



 身も世も無いと言いたげな声で嘆かれると、クロウも何やら悪い事をしたような気になってくる。発酵だけなら()して時間はかからない――最悪、錬金術で代行する事も可能だ――のだが、その後の熟成には幾つかの複雑な反応が関わっているらしく、錬金術でどうこうする事はできなかったのだ。超音波を照射して熟成の期間を短縮する事はできたが、それでも半年はかかるのである。



「……って事ぁ……」

「今から仕込んでも半年後……」



 さすがに気の毒になったクロウは、オドラントで熟成中のものを幾つか提供する事にした。



・・・・・・・・



「くぅ~っ、これこれ!」

「やっぱり、蒸溜酒ってやつぁ効くわぁ」

「済みません、ご主人様……」

「いや、俺も皆がそこまで執着……いや、楽しみにしていたとは思わなかったからな」

「ご主人様、『熟成』って、そんなに時間がかかるものなんですか?」



 半年ぶりの蒸溜酒に夢中の呑兵衛コンビ、そして仲間のお強請(ねだ)りに(しき)りに恐縮するマリアとハンクを横目に、真顔で問いかけてきたのは治癒術師のフレイであった。そこでクロウは酒の熟成とはどういうものなのかを説明してやったのだが……ここで思いもよらない事実が判明した。



「……何だと? この国には『熟成』という考えが無いのか?」

「はい。少なくとも酒を放置して……その、『熟成』させるというのは初耳です」



 想定外の事態に驚いたクロウが、居合わせたダバルやペーターにも確認をとるが、返ってきた答えは同じだった。

 曰く、ワインであれエールであれ、酒は早めに飲むのが鉄則である。醸造技術が未熟で殺菌や濾過を行なっていないのか、長く置いておくと味が落ちるし、腐って酸っぱくなる事も多いのだという。道理で……昨年熟成させると言った時に、皆が目を丸くしていた(わけ)である。



「ご主人様のお国じゃ、熟成させた酒ってのがあるんですかい?」

「あぁ、二十年や三十年は珍しくないし、六十年以上熟成させたものも飲んだ事があるな」



 クロウがそう言うと、皆は揃って絶句していた。



「いや……この前も同じ事を言わなかったか?」

「えぇと……念のために、もう一度確かめておこうってぇか……」



 下手をすると自分の存命中に飲めないような酒を仕込むというのが、呑兵衛たちには信じられない……と言うか、どうにも理解できなかったようである。



「その代わり、自分が生まれる前に造られた酒を飲める(わけ)だ」

「なぁるほど……」

「因果は巡る、ってやつですかい」

「……少し違うんじゃないか?」



 そこから話は人為的な高速熟成の話になり、昨年試したのは超音波による熟成だとクロウが説明する。



「超音波?」

「あぁ。ダバルの脳を破壊したやつだな」



 クロウがそう言うとカイトとバートの二人がダバルを見つめ、ダバルは嫌そうな顔をした。後に述懐したところによれば、自分の頭を酒樽か何かのように見られて居心地が悪かった(よし)である。



「気を悪くさせたか? 済まんな」

「いえ……ですが、その超音波とやらの他には、熟成を加速する方法は無いのですか?」

「いや? 海中に沈めておくという方法も、俺の世界では有名だな」



 そう言うと、カイトとバートは顔を見合わせて……



「船?」

「難破船?」

「「酒瓶(さけがめ)!」」



「……お前ら、俺にも解るように説明しろ」

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