第百四十章 王都イラストリア 2.王都イラストリア某所
新年祭の終了から七日後、とある一室に集まっているのは、新年祭の時にも鳩首協議に及んでいた面々。すなわち、イラストリア王国の名だたる商人たちである。
「国王府からはこの件に深入りするなと言ってきたが……」
「そうも言っておられんだろう。事は我らの……いや、我が国の浮沈にも関わってくる」
「そうだ。国王府はテオドラムとのいざこざを睨んで動きがとれんのだろうが……我らまで座視する必要は無い」
「うむ。王国が動けぬ今こそ、国王府に代わって我らが動くべきだ」
勘違いも甚だしい。
国王府が動かないのは、迂闊に手を出してⅩことクロウの逆鱗に触れるのを嫌ったためである。
しかし、そういう情報を知らない商人たちの目から見れば、国王府が静観を決め込んでいるのは、テオドラム問題に傾注していて亜人たちにまで注意を払う余力が無いためとしか思えなかった。
だからこそ、彼らは自分たちの手でこの問題を解決しようとした。
傍迷惑な話である。
「さて、前回の会合から今日で八日を数えた。何か新たな知見があれば報告してもらいたい」
今回の議長役を務める事になった商人の発言を受けて、一人が挙手する。
「問題の茶店で提供されている白砂糖と、今回販売された黒砂糖を入手して、その品質を調べてみたんだが……」
「ふむ?」
「白砂糖も黒砂糖も、我らが取り扱っている舶来糖と品は質が異なっていた。……いや、待ってくれ。ここで優劣の問題を論じるつもりは無い。問題なのは、成分的に舶来糖と異なっていたという事なのだ」
聞いたばかりの看過し得ぬ情報を、真剣に検討する商人たち。
「……すると、他所の大陸の者が何やら企んでいるという、前回の可能性はどうなる?」
「どうにもならん、そのままだ。確認されたのは、我らが扱う砂糖とは異なるという事のみだ」
「……現在の取引相手が仕掛けたとは……」
「考えにくい。ただ、だからといって彼の大陸の住民全てが無罪と決まった訳でもない」
「取引相手の商人とは競合関係にある新勢力、の可能性が出てきたか……」
「砂糖業者同士の争いか?」
「ひょっとすると、新参が大手に仕掛けた謀略の可能性も……」
「無視はできんな。ただその場合でも、抑海路で砂糖を運び込んだ形跡が無いという問題はそのまま残る」
「では、陸路でか?」
「馬鹿な。海路以上に目立つ筈だ」
「……いや……亜人どもが持ち込んだ砂糖は多くなかったのではないか? ならば……」
「他の荷物に紛れ込ませる事も可能か……」
充分な量の砂糖があれば、一気に市場に流して砂糖相場を意のままにできた筈。そうしなかった理由として、商人たちは砂糖の量が多くなかったという仮説を立てていた。
「だが、そうなると海路で運んだ形跡が無いという話も、鵜呑みにはできんぞ?」
「……とりあえず、どうやって持ち込まれたかの検討は後回しだ。持ち込まれた後でどう運ばれたのかを考えてみよう」
「ふむ……最も疑わしいのはやはりセルマインだが……」
「しかし、バンクスやサウランド、リーロットへの馬車隊は、山から下りてきた亜人たちで構成されていたと言うぞ?」
「仄聞するところに拠れば、マナステラでもそれは同じらしい」
「だが、セルマインが何か荷物を山へ運び込んだという動きは無い……」
「いや、セルマインだけではない。山へ何かを運び込んだような動きは確認されていない」
「解らん……亜人たちはどうやって砂糖を受け取ったのだ?」
解る訳がない。
携帯式ダンジョンゲートなどと言う非常識な手段によるものだ。まともに考えていたら解る訳が無い。
入手経路はおろか流通経路すら判らないという状況に、商人たちは頭を痛めるのであった。
「これは……ひょっとすると、砂糖以上に拙い状況かもしれんな」
「あぁ。完全に未知の流通経路など……さすがに王家も無視はしまい」
突然に現れたり消えたりしているスケルトンモンスターの事を知っている国王府は、その程度の事で狼狽えたりはしないのだが。
「……この話も一旦は措いておこう。次だが……亜人たちが海外の砂糖商人と手を組んでいるというのは確かと考えて良いだろうな?」
「それは間違いあるまい」
大間違いである。
「だが……そうすると、一体どうやって亜人たちは砂糖商人と知り合った?」
一同首を捻っていたところで、一人の商人がぽつりと漏らす。
「我々は考え違いをしているのかもしれんな……」
「考え違いだと?」
「あぁ。海外の砂糖商人ではなく……」
「――海外の砂糖商人ではなく?」
「海外の亜人なのかもしれん」
「何!? 海外の亜人だと!?」
「砂糖商人を兼ねているのかもしれんがな」
「何と……」
「セルマインのようにか!?」
商人たちの推測はどんどん真実からかけ離れていくのだが、それだけ聞けば納得できてしまうのが不思議である。
「う~む……」
さて、こうなると八方塞がりである。
砂糖の産地を下手に探ると、テオドラムに怪しまれて我が身が危ない。流通経路を探ろうにも、手掛かりになるものは全く無い。ならばと亜人の方から調べようとしても……
「確たる証拠も無しにだ、亜人たちを批判はできんぞ? バレンやヴァザーリの件を忘れた訳ではあるまい?」
あれら一連の事件については、今もってその犯人は不明である。ただ、あまり間を置かずにノンヒューム連絡会議なるものが設立された事から、やはり亜人……改めノンヒュームたちが水面下で動いたのだろうと見做されている。下手に突いて彼らの機嫌を損ねては、バレンやヴァザーリの二の舞だ。そんな羽目になるのは願い下げである。
「それにだ、酒造ギルドの事を忘れてはならん」
「あぁ、ビールとやらの件か?」
「それもあるが……どちらかと言えば冷蔵箱の事だ」
「そう言えば……酒造ギルドはエルフと協調姿勢をとっているのだったな」
「下手に動くと、酒造ギルドまで敵に回しかねんぞ」
「酒造ギルドだけならともかく、冷蔵箱の利権から締め出されるのは拙い」
「同感だ……だが……」
「だが、何だ?」
「いや……砂糖にビールに冷蔵箱。海の向こうのエルフとやらは、それほどの技術を持っているのかと思ってな」
「確かに……砂糖はともかく、ビールや冷蔵箱は、これまでの取り引きでも出てこなかった技術だ。亜人たちに固有の技術なのかもな」
「だったら、だ。もしもその黒幕殿と誼を結ぶ事ができれば……」
「あぁ。大いに得るものがあるだろうな」
「だが、今の状況で迂闊に動く事はできんぞ?」
「とりあえずは亜人たちの動きに、そしてその黒幕殿の動きに、今以上に注意する必要があるだろうて」
次話からは再び本編……と言うか、クロウたちの話に戻ります。




