第百四十章 王都イラストリア 1.王国商務部
新年祭で大好評を博したノンヒュームたちの出店。去年からその出店を待ち望んでいた者は多かったが、一部にはそれを望まなかった者もいたのである。とは言っても、別にノンヒュームたちに含むところがある訳ではない。全く別次元の理由から、ノンヒュームの出店に対して警戒心を強めていた者たちがいたのだ。
具体的に言うと、マーヴィック商務卿率いるイラストリア王国商務部の面々であった。
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「「「「「乾杯!!」」」」」
新年祭終了から三日目。恙無く新年祭が終わった事を心底喜んで祝っているのは、先にも述べたイラストリア王国商務部の面々である。
「いやぁ~……亜人たちが新年祭に参加すると聞いた時にはどうなるかと思いましたが……何もなくて良かった……本当に、良かった……」
衷心よりといった体で喜びと安堵を表しているのは、商務部における幹部職員の一人である。
「いや、まったく……亜人たちが何を持ち込むのかと、生きた心地がしませんでしたからな」
「しかし、考えてみれば当然の話。この寒空に冷たく冷やしたものなど出したところで、売れ行きが良かろう筈が無いですからな」
「確かに確かに。今にして思えばそのとおりなんだが、万一を考えると、やはり安閑とはしていられませんでしたから」
もうお判りだろう。
彼らはクロウがもたらした冷蔵箱の件で多忙と言うより過忙状態に陥り、連日連夜のブラック勤務に耐えてきた者たちであった。
休む間も無い殺人的仕事量に追われていたところへ、ノンヒュームたちが新年祭に再び参戦するとの凶報が舞い込んだのだ。すわ一大事、とばかりに戦々兢々の思いに囚われたのも、蓋し当然であった。
「砂糖の件では大騒ぎになっている部署もあるらしいが……」
「それは我々の管掌するところではありませんからな」
「そうそう。今は我が身の幸福を噛み締めましょう」
「確かに、それくらいしても罰は当たらんでしょうな」
和やかに朗らかに、和気藹々と酒や料理に舌鼓を打つ一同。
「さすがに、亜人たちもこれ以上のものは持ち込まんでしょう」
「我らの仕事も一段落、という訳ですな」
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イラストリア王国商務部の面々が嬉々として快哉を叫んだ日から三日後、エルギンにあるノンヒューム連絡会議の事務局では、元凶たるクロウがホルンら三人にとあるものを振る舞っていた。季節は冬だが、室内に設えた暖炉のお蔭で寒さは全く感じない。
「……これは……?」
「まずは食べてみろ」
クロウに勧められて一匙ほど掬って口に入れた三人は、口の中を襲った冷たさと、下の中で滑らかに融けていく食感、そして何よりもねっとりとした甘さと旨さに驚愕した。
クロウが三人に試食させたのはアイスクリームである。
「……精霊使い様、これは一体……?」
「アイスクリームと言う。牛乳や卵を素材として、冷やし固めて作る菓子だ」
「アイスクリーム……」
「何と滑らかで、甘い……」
「いや、それよりも、冷やして作るってぇ事は……」
「そうだ。今日は試食という事で食べてもらったが、本来は夏の暑い時期に食して涼をとるためのものだ」
クロウの発言にどよめく三人。
「もしや……来るべき五月祭に?」
「いや。冷蔵の魔道具が完成するまでは、表に出す気は無い。ただ、冷蔵・冷凍の技術の目指すところというものを、具体的に知っておいてもらおうと思ってな」
日本の夏祭りで従魔たちに食べさせた時には、身体が冷えるといって不評であった。確かに、身体の小さな従魔たちにとっては、体温の低下が看過できないレベルになるのだろう。
しかし、ヴィンシュタット組やダバル、ペーターに試食してもらった限りでは好評であったので、改めてこの場に持ち込んだのである。
「最終的な目標はこいつですかい……」
「確かに……暑い最中にこれを売り出したら……」
「五月祭は……酷い事になるんじゃ……」
「あぁ。それも公表を躊躇う理由の一つなんだ。今年の新年祭は、昨年の五月祭どころじゃなかったみたいだからな」
店舗の従業員たちから上がってきた被害報告――売り上げ報告とか営業日誌とかではなく、被害報告もしくは陳情書と言った方が適切な内容だった――の中身を思い出して、強張った表情になる三人。かなり過激な怨嗟の言葉が並べてあったのだ。
「そういう訳で、拙速に五月祭に出すつもりは今のところ無い。出すにしても、充分な対策を練った上で、騒ぎにならんように出さんとな」
「「「同感です」」」
「ただまぁ最終的には、このアイスクリームの製造販売も視野に入れてもらう。それと……これは参考までに残しておく。預けておいた遮熱シートを使えば、開発部門の連中に試食させるまでは保つだろう」
クロウは将来的に、この世界にアイスクリームやシャーベットといった氷菓をもたらす決断を下した。
イラストリア王国商務部の面々は、まだ、その事を知らない。




