第百三十九章 バンクス 3.骨董道楽のハーコート卿(その2)
(「……クロウ、ハーコート卿の話を聞いていたか?」)
ルパのやつがひそひそ声で話しかけてくるから、俺も対抗上ひそひそ声で応じざるを得ない。
(「興味深く伺ったが? それがどうかしたか?」)
(「どうかしたかじゃないだろう!? テオドラムが何を探り出したのか、気にならないのか!?」)
いや……お前が思っている以上に気になってはいるが……
(「だからといって、確認のしようが無いだろう。現状では根拠の怪しい噂しか無いんだぞ?」)
(「噂だけでも参考にはなるだろう」)
(「お前なぁ……信憑性の検証もできん噂話を幾ら集めても、参考になどならんわ」)
猛烈に好奇心と中二病を掻き立てられたらしいルパをあやしつけて、ふと気が付くと、御前とハーコート卿が揃ってこちらを見ている。みろ、お前のせいで叱られそうじゃないか。
「申し訳ありませんでした、御前。お招きに与った身でありながら、友人が不作法な真似をいたしまして……」
ルパのやつが驚いたように身動ぎしているが、益体も無い事を話しかけてきたのはお前だろうが。俺が咎められる筋合いなど無い。
「なに、構わんよ。それよりも、何を話していたのか教えてはくれんかね?」
「いえ、お話しするほど大した事では……」
「ハーコート卿がお話し下さった金貨について話していたんです。自分は大いに気を引かれたんですが、クロウのやつは噂話だけでは検討のしようが無いと言って……」
おい、ルパ。俺まで巻き込むな。
「まぁ、確かに要領を得ぬ話ではあるのだ。確認できている内容は、テオドラムがダンジョンから金貨を得たらしいという事、学者たちが何やら妙にざわついているらしい事、兵士たちに箝口令が敷かれているらしい事……」
「『らしい』ばかりではないか。そういうのは『確認できた』とは言わんわい」
「彼の国へ入る訳にもいかんのだから、仕方がなかろう」
「具体的なデータは何一つ聞こえて来ないんですね? それはいつもの事なんですか?」
テオドラムが何を考えているのかには、俺としても興味がある。だからそう訊いたんだが……御両所が顔を見合わせているのはなぜだ?
「いや……彼の国は外交的でないとはいえ、ここまで沈黙を守るのはかつて無かった事だ。それが噂雀の想像を掻き立てている訳なんだが……」
「想像ではのうて、妄想じゃろうが」
「沈黙の原因となっているのは何でしょうか?」
お、鋭いな、ルパ。それは俺も気に掛かっていたところだ。
「『災厄の岩窟』の一件以来、あの国も用心深くなったからな……」
「用心の必要があると判断した、そういう事なんじゃろうが……」
「判った!? ミドの黄金郷だ!」
おいルパ、唐突に奇声を上げるんじゃない。びっくりするだろうが。
「おいルパ、藪から棒に何を……」
「いいか、クロウ! テオドラムが先般巻き込まれた騒ぎは、ミドの黄金郷に関するものだ。その件で迷惑を被ったテオドラムが何よりも隠したい情報があるとすれば、それはミドの黄金郷に関する情報に他ならない!」
おい、興奮して唾を飛ばすんじゃない。珍しく結論だけは当たっているが、推論には飛躍が多過ぎるだろうが。
「ホルベック君もそう思うかね? 我々も薄々とそうではないかと疑っている」
……あんたもかい。
「容疑が濃いのは認めんでもないが、決めつけるには証拠が足りんじゃろう」
おぉ……さすがに御前は慎重だ。学者たる者、斯くあるべしだよな。
とはいえ……これ以上エメンの金貨に注意が集まるのは拙いかもしれん。少し話題を逸らすか……。
「他に何か、検討の対象になりそうなものは無いんですか?」
「現場には立ち入り禁止だしな……他には、というと……」
こんなものしか無いがと言いつつハーコート卿が取り出したのは……スケッチじゃないか。
「パット、これは何じゃ?」
「件の岩山、『災厄の岩窟』のスケッチだな。マーカスの兵士が描いたものらしいが」
そんなもんがあったのかよ……ボルトン親方が期待していた下絵そのものだな……
「ほほぅ……中々丁寧に描いてあるのぅ……。クロウ君、君の意見はどうじゃね?」
「そうですね……画才というより、極力正確な見取り図を描こうとしたように思えます。線を描き加えたり消したりした跡がありますし、隣に描いてある人物は縮尺代わりに描いたものだと思います。多分ですが、これは完成品ではなく下描きなんでしょう……作者は工兵か何かですか?」
そうコメントしてやったら、ハーコート卿は呆れたような顔でこっちを見ている。御前は俺の素性については黙っていてくれたのか?
「クロウ、下描きといったが、君ならどう描くんだ?」
おいルパ。折角御前が黙っていてくれたのを台無しにするんじゃない。
「描く……クロウ君は絵師なのかね? ……まさか! オールド・ビルの本の挿絵を描いたのは君か!?」
ちらりとルパの顔を眺めてやると、泡を食ったように黙りこくってやがる。こいつ、口で災いを銜え込むタイプだな……。
とはいえ、これ以上隠しておくと、御前の立場も悪くなるか……。だったら、いっその事……
「えぇ。御前と……ここにいるルパの著書に、拙い挿絵を描かせて戴きました」
「いや、そうか! 君が!」
おぃおぃ、えらい食い付きっぷりだな。
「いやぁ……ビルの本に添えられた挿絵は、我々のような好事家にとって憧れの的なんだよ。単に正確なだけでなく、その魅力を遺憾無く描き尽くしている。実物が手元に無くても、あんな挿絵があれば手に取るように詳細が判る……そうだ! クロウ君、この下描きを元にして、一枚描いてはくれないだろうか?」
「……それに関して少しご相談が……」
毒を食らわば皿までだと、ボルトン親方の望みを話してやると、ハーコート卿は興味を引かれたようだった。




