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第百三十九章 バンクス 2.骨董道楽のハーコート卿(その1)

 パトリック・ハーコート卿。某男爵家の三男坊。骨董趣味の度が過ぎて、自分でも発掘に手を出すようになったという道楽者。友人である宰相に考古学の知識と為人(ひととなり)を見込まれて、シャルドの「封印遺跡」調査に引っ張り込まれた人物。考古学者のパートリッジ卿とは以前から――シャルド古代遺跡の発掘に関わる前から――の知り合いであり、これまでにもちょくちょくバンクスの屋敷を訪れていた。


 クロウがそんなハーコート卿と知り合う羽目になったのは、ボルトン工房を訪れてから十一日目の事だった。



・・・・・・・・



「おいルパ、()(ぜん)は何だって俺たちをお招きあそばしたんだ?」

「いや、詳しい事は僕も知らない。ただ、客を紹介するとだけ」

「ふぅん……?」



 クロウがルパと連れ立って歩いているのは、パートリッジ卿の屋敷へと向かう道である。前日にパートリッジ卿から使いの者がやって来て、()(さん)を差し上げたいから屋敷へお越し願いたいと言ってきたのだ。



(ま、()(ぜん)の事だから悪意は無いんだろうが……)



 とは言え、一体誰に紹介されるのかと思うと、(いささ)気懸(きが)かりなのは(いな)めない。パートリッジ卿はクロウのために好かれと思って紹介してくれるのだろうが、ダンジョンマスターであるクロウにとって、この世界の人間たちとの付き合いが増えるのは痛し痒しである。


 ――そして……


 その日の晩餐会でクロウとルパが紹介されたのは、知り合いになって好かったような悪かったような微妙な立場の人物、すなわち、冒頭で述べたパトリック・ハーコート卿その人であった。



「……すると、ハーコート卿は新年祭の間はマナステラへ?」

「あぁ。新年祭の出店には、時折出物があるのでな。今年はマナステラの王都に行っておった」

「で? 何か掘り出し物はあったかの?」

「眼を剥くようなものではなかったが、一応な。しかし、それ以上に面白い話が聞けた」

「ほう……? 差し支え無くば教えてくれんか?」

「良いとも。マナダミアで馴染みの男から聞いた話なんだが……」



 ハーコート卿が話したのは、「災厄の岩窟」で発見された――要するにエメンがでっち上げた――金貨の事だった。



・・・・・・・・



 ここで少し、エメン作の贋金貨がどのような運命を辿(たど)ったのかを(つまび)らかにしておこう。


 最初にテオドラム兵がダンジョン内で回収した金貨は、シャルドの古代遺跡から出土した金貨を参考にしたもので、テオドラムでも()(ほど)の注意は引かなかった。

 問題になったのは、冒険者の屍体から回収された金貨の方であった。


 贋金造りで名を馳せたエメンが一世一代の傑作と胸を張るだけあって、地金の組成といい意匠といい、これが捏造(ねつぞう)とは誰一人思わないだろうという程の出来映えであった。それに加えて、クロウが錬金術で古びさせて擬装を施してある。見破られる懸念はほとんど無かったし、実際にテオドラムの学者陣はものの見事に引っ掛かったのである。


 彼らが先ず注目したのは、金貨に刻まれている見慣れない――エメンのオリジナルなのだから当然――文字であった。既知の古代文字を参考にして、苦心惨憺(さんたん)解読してみたところが、あろう事か「ミド」と読めたのが間違いの始まりである。

 この文字、実はエメンが古代文字を参考にでっち上げた――というか、古代文字でミドと綴ったものをそれらしくアレンジした――ものであり、古代文字を手掛かりに解読すれば「ミド」と読めるのは当たり前である。

 そんな裏事情はご存じないテオドラムの先生方、文字の解読に成功して、そこに「ミド」の名を見出した時には興奮し、狂喜し、そして最後に顔を見合わせた。内容が内容だけに、()(かつ)に公表して良いものか、判断が付きかねたのである。結局は国王府にお伺いを立てる事になり、当面は秘匿せよと厳命された事で、この一件における彼らの出番は終わりとなる。


 折りも折り、その少し後でテオドラム兵が象の化石を発見する。失われた王国と失われた怪物、見事に(ひょう)(そく)が合ってしまったのである。


 ――更新世後期と歴史時代の食い違いなど、気にしてはいけない。


 さて、(ろく)でもない報告を受けた国王府の方でも、この情報を扱いかねていた。


 話が真実なら、岩山の奥深くには無尽蔵とも言える黄金と……そして国民の全てを黄金像に変えた国王が潜んでいる筈である。

 もしも国王が存命だというなら、人の寿命の埒外(らちがい)にある。すなわち、既に人間ではなくなっていよう。ダンジョンマスターと化したというのが最もありそうな説明であり、それは取りも直さず、彼が人間に敵対的な存在となった事を意味していた。

 では、もしも国王が死んでいるとしたら? その場合にしても、彼にかけられた呪いが消えているとは限らない。安易に踏み込めば、そのまま黄金像に変えられてしまう(おそれ)があった。


 どちらの場合であろうと、もしも首尾良く黄金を得る事ができた暁には、周辺国家から(ねた)まれ(うと)まれ、侵略戦争の火種となる危険さえ無視できなかった。


 そして……これらの一切が自分たちを引っかけるためのペテンであったら?


 ……テオドラムは満天下の笑い物だ。想像するのも嫌になる。


 (もっと)も、学者たちは国務卿たちの不安を一笑に付した。自分たちが然るべき調査を行なった上での結論なのだから、捏造の可能性など無いと自信満々であった。知らぬが仏である。


 さて、ここまで一切が極秘に進んだ……という(わけ)ではなく、どこからともなく噂が漏れていった。

 ……テオドラムは何か古代文明の謎に迫る秘密を手に入れたのだと。



 ハーコート卿がマナステラで仕入れた情報も、テオドラムが手に入れたという古代金貨の事であった。



・・・・・・・・



「何と言うか……雲を掴むような話じゃな。要するに、何も判っておらんのか」

「簡単に言えばな」

「複雑に言っても変わらんわい。テオドラム王国が値打ちものらしい金貨を手に入れたというだけではないか」

「古代の謎に迫る金貨だぞ。ワクワクしてはこないのか?」

「考古学者としては、調べるべき証拠も無しに騒ぎ立てるような真似はできん。……まぁ、面白そうな話ではあると言うておこうか」



 話を聞いていたクロウは、複雑な思いを禁じ得なかった。シャルドに続いてミドの王国とは……どうも、自分たちの活動はこの世界の歴史を攪乱しているような気がする。まぁ、テオドラムが笑いものになるだけなら構わないんだが……



(他国にまで噂が広がっているとなると……テオドラムのやつらはどう動く?)

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