第十五章 エルギン男爵領 4.エルギン男爵(その2)
子供の話は一旦終わりです。
茶だけでは物足りなくなったのか、ホルベック卿は茶に少しばかりの酒を追加した。茶の香りに酒の香りが交じって、ひと味違った美味さをかき立てる。
エッジ村か……確かあの奥の山はエルフたちの住処であったな。あの子の父親の事を考えると、エルフの近くに遣るのは拙い。よもや顔を知られておるとは思わぬが、隣国のエルフが尋ね来る事が無いとは言えぬ。
エルフを見る事があの子の心に良いとも思えぬ。一族を殺された原因の一つはエルフなどの亜人だと思うておろう。ヴァザーリでも亜人の襲撃に遭ったわけじゃし、要らぬ刺激を与えぬが良いか。かと言うて、ここ領都には亜人たちも多く歩いておる。あの子の心を考えても、逆に、正体が知れた時の亜人たちの反応を考えても、ここに置いておくのは良くないか……。
だとしても、一体どこに匿うべきか。亜人たちが居らぬというならヤルタ教の勢力下じゃが、そもそもヤルタ教が亜人たちを煽らねば、あんな事にはならなんだのじゃ。ヤルタ教のクソ坊主がおるところになぞ、断じて遣らん。
しかし……あの子を匿うてくれたエルフは何者じゃろう? できれば会って礼を言いたいが……今は無理か。エルフと言えば、彼らがあの子を村に連れて行かなかったのは偶然か? あの子の素性が知れておるとは思えぬが……。
それにしても、あの子をここまで運んできたのは何者なのか。連れ去られてからの日数を問い質したところ、ヴァザーリ領を出てすぐの森からこのエルギンまで、どう考えても一日か二日で連れて来た事になる。いや、医師の見立てでは一日以上眠ってはおらんと言う事だから、一晩で連れてきたという事じゃな。飛竜を使っても、途中の山脈を迂回せねばならんから二日か三日はかかるであろう。山脈越えは無謀じゃが、それをなしたとしても一晩では辿り着かぬ筈。山脈越えは飛竜にも負担がかかるし、一日以上はかかるじゃろう。
実際は、ホルンの洞窟の少し先をダンジョン化して、エルギン最寄りのクレヴァスまでダンジョンゲートを開いただけである。そこからは飛行術を使ってエルギン郊外まで飛んだため、ほとんど時間をかけなかった。
ふぅむ、いっそ洗いざらい王家にぶちまけて、あの子の保護を願い出るか?
……いや、駄目じゃ。あの子の存在が亜人やヤルタ教にどのような動きをもたらすか、そして王国がどのように反応するか、皆目判らん。虎の尾を踏むような危ない真似はできん。
別の国への亡命も、問題の先送りでしかない。何より無責任じゃ。ハンスの忘れ形見じゃ、儂がきっちり面倒見る。でのぅては、あの世でハンスに会わせる顔がないわい。
とは言うものの、一体どうしたらよいじゃろうか……。
男爵の悩みは深く、尽きる事がない。
本日はもう一話投稿します。




