第百三十八章 新年祭~楽日~ 2.戦い済んで日が暮れて
新年祭篇最終回です。
「終わった……何もかも……」
夕暮れの迫る中、力無くそう呟いて項垂れている人影。
これだけを聞けば、望みを絶たれて悄然と立ち尽くしている孤独な男の姿が思い浮かびそうだが、事実はその逆である。
「……何とか無事に終わりましたね……」
「もう駄目かと、何度も思いましたけどね……」
男の周りには、同じような感想を漏らすノンヒュームの女性たちの姿があった。
ここはマナステラ王国の王都マナダミア。
怒濤の新年祭を何とか乗り切った、ノンヒュームの喫茶店の店仕舞いの場面である。
今にして思えば、最初から需要と供給の量を読み違えていた。
五月祭での集客量と店のマンパワーを参考に、人員を倍増しておけば大丈夫だろうと高を括っていたのが抑の誤り。予想を大きく上回って殺到した客に、増員分などの余力など、たちどころに消し飛んでしまっていた。
その理由は幾つかある。
第一に、五月祭の宣伝効果を過小評価していた。五月祭に出品した甘味飲料――目の前で砂糖を入れるというパフォーマンス付き――とビールの評判は凄まじく、後になってその話を聞き臍を噬んだ連中が、今度こそはとばかりに殺到したのである。
第二に、ここマナステラ王国には、イラストリア王国よりも多くの酒の亡者が居住している事を失念していた。イラストリアの三つの町でビールなる新しい酒が提供されたという事、そして自分たちがそれらを飲み損ねた事を知ったドワーフたちの嘆きは凄まじく、新年祭では是が非でも当地へ来てもらいたいと大分運動したらしい。その結果、新年祭ではここマナダミアにも酒場が出店される運びとなった訳である。彼らの存在が直接に喫茶店に影響した訳ではなかった――ドワーフにとって甘味飲料など無縁のものだ――が、彼らが酒場にでんと陣取ったために、あぶれた客が喫茶店に押し寄せたのである。
第三に、無謀にも――今になってみると無謀だと解る――新年祭では商品のラインナップを増やしていた。前回は甘味飲料とビールだけだったのが、今回はそれに加えて、喫茶店だけでも綿菓子・駄菓子・善哉・黒砂糖・グリルドフルーツと、新作が目白押しである。客が殺到しない訳が無かった。
実際、ここマナダミアの店舗では昨日のうちに商品の大半が売り切れとなり、万一に備えてクロウが用意していたレシピに従って、新たな商品を文字どおり徹夜で準備して、楽日を乗り切ったのである。
「マニュアルにレシピが書いてなかったらと思うと……ぞっとします」
「精霊術師様には、先見の明がおありになったのですね」
「いや……本当に先見の明がおありなら、こうならないように手配をなさっていた筈だ。先見の明と言うより、万一の場合への備えをなさっていたという事だろう。何にせよ、そのお蔭で助かったのは事実なんだが……」
「……新しい商品って聞いて、お客さん、盛り返しちゃいましたもんね……」
――品切れになったメニューに代わって、新たなメニューが登場した。
こんな報せを聞いて奮い立たない甘党はいない。楽日の半日――店舗の撤収などがあるので、最終日は早仕舞い――だけで前日に匹敵する客が群がって来たのだ。店員たちは文字どおり死力を尽くして客に立ち向かう羽目になった。
……モンスターの襲撃から村を守っているような気分になったというのは、とある一店員の弁である。
そして、これはこの店舗だけの事ではなかったのである。
・・・・・・・・
「……もう……駄目……動けない……」
「店長~……本当に、今から後片付け、するんですかぁ~?」
泣きそうな声で訊ねているのは、リーロットに派遣されたエルフの女性。ここリーロットは他の町よりも規模が小さいから、増員分も少なめで良いだろうと――今ではその判断は大間違いと判っている――判断された店舗の従業員であった。
確かに、新興のリーロットの規模は、バンクスやサウランドに較べると小さい。新年祭の出店の規模も、それに応じて小さくなっている。その点は確かであった。しかし、そんな事は砂糖とビールの集客力に何の影響も及ぼさなかった。否、寧ろ穴場狙いの客が集まる結果になったようにすら思えた。
結論を言えば……リーロットの店舗は今回一番のブラックな勤務状況に置かれる羽目になったのである。
「……撤収作業は明日にしよう。今日のところは簡単に片付けるだけにする。……店の警備も、精霊術師様の配下――アンデッドと怨霊――の方々に協力を仰ごう」
「……そうして下さい……」
「夜番なんて、到底できそうにないです……」
斯くの如く、ノンヒュームが出店した店舗はどこでも過当勤務の状況にあったのである。
次回から本編に戻ります。




