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第百三十七章 新年祭~四日目~ 3.ヤシュリク

 イラストリアの西隣の沿岸国イスラファン、その南東に位置する商都ヤシュリク。

 ヴァザーリから二百キロ強離れたその町の一角に集まっているのは、沿岸諸国で覇を競う有力商人たちである。



「リーロットに送り込んだ者からの連絡が入った。エルフや獣人……彼ら自身は自分たちをノンヒュームと称しているようだから、以後はそう呼ぶ事にしたいが、その彼らが新年祭に店を出したそうだ」



 当地ヤシュリクに商会を構える商人の報告に、他の出席者は心を動かされたようだが、黙って話を聞いている。



「店は五月祭と同じく酒場と茶店。酒場の方で出しているホットエールなどにも砂糖が使ってあるらしいが、今話題にしたいのは――これは諸君たちも同じだと思うが――茶店の方だ。報告すべき事は幾つかあるが、手始めに、彼らが今年は黒砂糖を売り出した事を報告しておこう」



 この報告には他の面々も無言ではいられなかったと見えて、一人が質問を発する。



「値段と量は?」

「値段はテオドラムの黒砂糖よりも二割から三割ほど安いようだ。販売量も多くはない。興味を引かれるのは、この黒砂糖が全て同じ大きさの立方体に成型されている事だな。恐らくは量り売りの手間を省くためだろうが」



 角砂糖の件は、居並ぶ商人たちに衝撃を与えたらしい。この大陸では、角砂糖という概念自体が無かったようだ。



「亜人……いや、ノンヒュームたちがそんな工夫を……」

「だが、言われてみれば巧い手ではある」

「我が商会でも早速検討させよう」

「ラージン、黒砂糖以外にも話があるのだろう? 続けてくれ」



 ラージンと呼ばれた当地の商人は、片眉を上げると話を続ける。



「ノンヒュームたちは、黒砂糖以外にも多くの商品を持ち込んだようだ。特に注目されるのは『ワタガシ』というものらしいのだが……どうも、その……今ひとつ要領を得なくてな……」



 それまで淡々と、自信さえ感じさせていたラージンの口ぶりが、ここへ来てあやふやになる。それを不審に思った商人の一人が事情を(たず)ねる。



「……その者は何と言って報告してきたのだ?」

「それが……綿(カトン)のような甘い菓子で、口に入れると甘味だけを残して消える……と言うのだが……」

「それは……菓子なのか?」

「いや……甘いと言う以上は……菓子でなくて何だと言うのだ?」



 菓子であれ何であれ、食べ物と言うからには腹にたまるものでなくてはならぬ筈。甘い味だけがあって食べた感じがしない菓子など、(そもそも)あり得るものなのか。

 現物を想像できずに一同首を(かし)げたが、解らぬものをここで論じても始まらぬと、その他の商品について論じる事にした。



「その『ワタガシ』以外には……『ゼンザイ』という甘いシチューのようなものと……」

「甘いシチュー!?」

「何なのだ、それは!?」



 綿菓子とは別の意味で想像できないものを聞かされて、思わず声を上げる商人たち。



「私にも解らんよ! とにかく、そう書いてあるのだ! 続けるぞ。砂糖を使った様々な菓子が売りに出されたそうだ。こちらは日保(ひも)ちがするとの事で、現物を持ち帰る手筈になっている」

「問題の『ワタガシ』と『ゼンザイ』は無理なのか?」

日保(ひも)ちがしないらしい。まぁ、食べた当人が帰ってくれば、もう少し詳しい事が判るだろう」



 リーロットからの――(いささ)か不可解な――報告を聞いて、居並ぶ商人たちは討議に移る。



「……現状で販売されているのは黒砂糖のみ。それも量が多くないというのなら……」

「たちどころに脅威となる(わけ)ではなさそうだな……現時点では」

「そう、現時点では、だ。先の事は判らん」

「問題は、我々が何らかの動きを取るべきかという事だが……」

「現状では一利もあるまい。下手にノンヒュームたちを刺激して、ヴァザーリの二の舞になるのは御免だ」

「それもあるが……(むし)ろ、菓子や飲み物などで、砂糖の潜在需要を掘り起こす効果が見込めるのではないか? だとすると、彼らとは協力すらできるかもしれんぞ?」

「ふむ……同感だな。少なくとも、今、妙な動きをするべきではあるまい」

「ノンヒュームたちも、この件では敏感になっている筈。下手な動きは藪蛇になる可能性もある。この一件は組合預かりとして、個人での勝手な抜け駆けは禁止したいと思うが?」

「良いだろう」

「そうだな」

「異存は無い」



 クロウたちの砂糖キャンペーンは、ついに沿岸諸国にまでその影響を及ぼす事になった。

 (もっと)も、彼らの反応は、しばし静観というものであったが。

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