第百三十七章 新年祭~四日目~ 2.王都イラストリア
巷では新年祭も後半戦に突入し、幾つかの町では空前の盛り上がりを見せているというのに、ここ王都イラストリアの一角では、そういう賑わいとは無縁の会合が持たれていた。
参加者はイラストリア王国の名だたる商人たち。議題は自分たちを置き去りにして盛り上がっている砂糖の件についてである。
「……セルマインは自分の采配である事を強く否定しているが……」
「エルフたちがイラストリアで砂糖とビールを売り出し、今度はマナステラでも売り始めた。マナステラに商会を構えるエルフのセルマインが無関係とは思えまい」
亜人たちがビールと砂糖を売り出したという報せは、彼らにとっても寝耳に水だった。何しろ一切の徴候無しに、昨年の五月祭でいきなり売り出したのである。ビールはまだしも砂糖の方は、自分たちの情報網にも何一つ引っ掛からなかった。となれば、船便など既知のルートを辿ってこの国に入ったとは思われない。亜人たちの秘密のネットワークがあるのか……あるいは彼ら自身で砂糖を造ったか。
後者の可能性を無視できぬと考えて密かに調べはしたものの、亜人たちが精糖作業に携わっている痕跡も、製糖作物を栽培している気配も見つけ出す事はできなかった。
五月祭で提供された砂糖の推定量からして、精糖にはそこそこ以上の規模の設備が必要なはずであり、それが見つけ出せない以上、亜人たちが自ら精糖を行なっているとは思えない。これが商人たちの結論であった。
しかし、五月祭に続いて新年祭でも、しかも五月祭に優る規模で砂糖を提供しているとなると、その考えもぐらついてくるのだが、その一方で不可解な事があるのも事実であった。
「だが……今度の仕掛けは、エルフたちが自分でやったにしては少々おかしくないか?」
「おかしい……どこがだ?」
「エルフにしろ獣人にしろ、長年砂糖に親しんでいたとは思えん。そういう手合いが、あれほど多様で洗練された砂糖の利用法を思いつくものか?」
「むぅ……言われてみれば、確かに」
「あの発想は、長年の間砂糖に親しんだ者のそれだな」
「俄砂糖使いのエルフや獣人に思いつけるものではない、か」
「……つまり、この件を仕組んだ者は、砂糖の使い方に精通しているという事か」
「そうすると、何者なのか……どうした?」
「あ、いや……砂糖の使い方に精通している者と言えば、生産者に如くは無いと思ってな……」
「生産者? ……まさか!?」
「舶来糖の生産者……他所の大陸の者だというのか……」
「異国の者がこの国に容喙せんと謀っていると?」
〝異邦人〟クロウにとって、好ましくない流れが生まれようとしていた。
・・・・・・・・
商人たちが見当違いな可能性に戦いていた翌日、ローバー将軍とウォーレン卿は例によって例の場所へ呼び出されて、宰相から話を聞いていた。
「……と、いうような憶測を持ち込んできた者がおってな。さすがに捨て置けぬ可能性だとして、他の商人たちとも合意の上で、儂のところへ注進に及んだらしい」
「本音は王国に探らせようってところでしょうな。抜け目の無ぇ連中だ」
「まぁ、確かに無視できない話には違いありません」
一応検討の価値はあるとしたウォーレン卿の言葉に、おやというようにローバー将軍が振り返る。
「……ってぇと何か? 海の向こうの砂糖問屋が手を組んで、この一件を仕掛けたとでも言うつもりか?」
「いえ……砂糖にせよビールにせよ、これまでⅩが見せた一連の動きと無関係とは思えません。単なる経済侵略が目的だとすると、矛盾が生じます」
「けどよウォーレン、いつだったか、Ⅹは儂らとは異なる文化の集団だって言わなかったか?」
「確かに、異文化という点では他大陸の住人も該当します。しかし、彼らにはヤルタ教やテオドラムを殊更敵視する理由がありません。加えて、海の向こうの砂糖商人が、この大陸のエルフや獣人に協力する必然性もありません」
「……すると……どういう事になるのじゃ? ウォーレン卿」
「どうもこうも、状況に変化はありません。砂糖使いに秀でているという特質が、Ⅹの人相書きに追加されただけです」
バッサリと切り捨てたウォーレン卿であったが、その顔色は冴えない。
「……ウォーレン、何を気にしてる?」
「問題は、Ⅹの事を抜きにして考えた場合、この仮説は説得力を持つ事です。証拠は確かにありませんが、その反面で否定できるだけの反証も無い。下手をすると、エルフや獣人たちへの攻撃……とまではいかないにしても、批判の動きが起きるかもしれません。それがⅩを刺激する恐れもあります」
「……何だと?」
「その一方で、酒造ギルドは冷蔵箱の件で亜人たちと歩調を合わせています。下手をすると、Ⅹの介入を待たずして、国内に混乱が生じかねません」
溜息一つを挟んで、ウォーレン卿は言葉を続ける。
「実力行使に出る愚は犯さないにしても、Ⅹの存在に気付いた商人たちが探りを入れようとする可能性は無視できません。その場合、Ⅹはどう出るでしょうか?」
面倒な事を言い出したウォーレン卿に、途方に暮れたような三対の視線が注がれていた。




