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第百三十六章 新年祭~三日目~ 4.エルギン

 新年祭三日目、ここエルギンの町でも、規模は小さいとは言え砂糖菓子の店が客を集めていた。

 当初こそ、イラストリア王国での出店は五月祭と同じ三ヵ所とする予定であったが、亜人(ノンヒューム)連絡会議の事務局があるここエルギンの町で、何一つ販売しないというのもどうかという意見が出されたのである。


 数度にわたる討議の結果、店員の手配が間に合わないという事で本格的な出店は――少なくとも今回は――見合わせる事にしたが、試験的に幾つかの駄菓子を販売する次第となったのである。



 ……亜人(ノンヒューム)たちが、そしてクロウも失念していた事があった。


 エルギンはこのところエッジ村の製品の販売でも注目を集めており、以前とは比べ物にならないほど存在感を増しているという事実であった。



・・・・・・・・



「お兄ちゃん、その赤いのをみっつ」

「はい、これね」

「おば……お姉ちゃん(・・・・・)、こっちには茶色のを五つ」

「……はい。言葉遣いには気を付けなさい」

「……ありがとうございます……」



 売り子の確保に悩んだ連絡会議の面々は、ごく簡単な方法でそれを解決した。自分たちで売る事をすっぱりと諦め、適当な店に(おろ)す事にしたのである。

 とは言うものの、ものが砂糖を使った菓子だけに、下手をすれば高値で売られる事になって、本来の目的――利潤の追求ではなく、テオドラムに対する嫌がらせ――に(そむ)く事になりかねない。目先の利益に囚われない売り手という事で亜人(ノンヒューム)たちが目を付けたのは、事もあろうにミルド神教の神官たちであった。


 エルギンの町にミルド神教の礼拝所ができてからそろそろ二年目。神官の数もそれなりに増えているとは言え、世俗の商売などに慣れていない神官では、上手い客あしらいなど望めよう筈も無い。かといって、(がん)()無い子供たち――今回、客は子供に限定した――に安価で菓子――今回は飴のみ――を振る舞うという趣旨には賛同したい。板挟みになって困っていた神官たち――特にその中の一人――に手を差し伸べたのが、冒険者ギルドの貴()人こと女性職員たちである。そこはかとない不安を覚えはしたが、背に腹は代えられない神官長は、彼女たちの協力を受け容れる事にしたのであった。


 ()くしてエルギンの新年祭では、礼拝所で子供相手に飴を売るマール少年と、その手伝いをする冒険者ギルドの女性職員の姿が見られたのである。ホルベック卿が密かにその様子を眺め、微笑みを思い出したマール少年の姿に感涙を流したのは言うまでもない。

 彼の目には、少年を優しく手伝う女性職員たちは天女の如くに映っていたのである。幸いなるかな善良なる者。


 ただし、問題は……



(客が途絶えそうに無いんじゃが……大丈夫じゃろうか……?)



・・・・・・・・



 (あめ)の販売はミルド神教の礼拝所に任せたが、連絡会議の面々にしても全てを他人任せにした(わけ)ではない。連絡会議事務局として販売に当たっていた商品もあった。その一つが綿菓子である。


 嬉々として綿菓子機を操作しているのは、亜人(ノンヒューム)連絡会議の獣人代表であるダイム。魔力の少ない自分にも、この不可思議な食べ物が作れるというのが思いの(ほか)気に入ったらしい。朝から事務局の敷地の一角に陣取って、飽きる様子も無く綿菓子を作っていく。


 その様子に魅入られたように周囲を取り囲んでいるのは、老若男女、ついでに人族・エルフ・獣人・ドワーフと種族もばらばらな面々である。呆けたような表情で、言葉を発する事すら忘れて、飽きもせず綿菓子の妙に魅せられている。

 できあがった綿菓子をダイムが掲げると、即座に買い取られていく。買い取った客はその場を離れて後ろの者に席を譲るあたり、ここエルギンの客筋は行儀を(わきま)えていると見える。


 ダイム本人は気付いていなかったが、客たちが見入っている理由の一つが、売り手が獣人という事情にあった。

 これがエルフが作っているというなら、何か魔法を使っているのだと勝手に納得しただろう。ところが綿菓子を作っているのは獣人。魔力の少ない事では折り紙付きの種族である。という事は、使っている道具が魔道具なのか?

 ならば、自分たちでも扱う事ができるのか?


 憑かれたように見入っている子供をダイムが招いて、綿菓子を棒に絡め取る作業を子供にさせたところで、客たちの関心はクライマックスに達した。

 そわそわ、うずうずと落ち着かない大人の客を横目に、ダイムは子供たちに綿菓子を絡め取らせる。子供たちは目を真ん丸に見開いて、息を凝らして綿菓子を棒に絡めていく。

 

 ここエルギンにおける綿菓子の実演販売は、事務局が想定した以上の関心を掻き立てたのである。



・・・・・・・・



 事務局が直接に販売したもう一つは駄菓子、特にグラノーラ・バーと呼ばれるものが中心であった。駄菓子と言うより、美味くてカロリー豊富な携帯食料として、冒険者相手に販売したのである。

 これも売り子の不足という事情から、冒険者ギルド内で――価格厳守をきつく申し渡した上で――冒険者たちに販売していた。売り子は無論職員である。亜人(ノンヒューム)向けには事務局内で販売していたが、どちらも早々に売り切れそうな勢いであった。



「しかし……すこし割高とはいえ、この……グラノバーとかいうものは美味いな」

(むし)ろ、美味過ぎるのが問題かもな。ついつい食べちまって、携帯食料にならねぇや」

「気を付けろよ? 今回は新年祭の特別販売らしいからな。新年祭が終わったら、もう買えんそうだぞ」

「本当かよ!? ……(まず)い。後で買えると思ってバクバク食っちまった」

「定期的に販売してくれんもんかな?」



 美味くて栄養豊富な携帯食料。その噂が冒険者たちの間で広まるのは、そして定期的な販売の要望に事務局が悩まされるのは、もう少し先の事であった。

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