第百三十六章 新年祭~三日目~ 3.テオドラム王城(その2)
メルカ内務卿の追及を受けて、農務卿は渋々と自分の考えを口にする。
「……最初に断っておくが……亜人どもが我が国に経済戦を仕掛けたという話が荒唐無稽なら、今から喋る内容は法螺話にも劣るものでしかないぞ?」
「今はその法螺話が聞きたいのだよ」
繰り返しての要請に、ラクスマン農務教は観念したように溜息を一つ吐くと、彼にしては珍しく訥々とした口調で話し始める。
「亜人どもの動きを見ると、砂糖そのものを出荷するのではなく、砂糖を使った食品を販売する事に拘っているように見える。それは何故か?」
農務卿の問いに答え得る者はいなかった。
「一つの解として、知名度を上げるため、という事が考えられる」
「知名度?」
「自分たちのかね?」
「そうとも言えるし、砂糖の利用法を広めているようにも見える」
話の着地点が判らない一同は、ただ沈黙のみを返した――困惑した表情を添えて。
「ここからが法螺話の法螺話たる所以だが……やつらの動きは、砂糖の供給者としての地位を、テオドラムから奪おうとしているようにも見える。富裕層ではなく庶民向けに安く売っているという事を考えると、新たな需要を開拓しているようにもな」
「我らになり代わるのが狙いだと?」
呆れたような口調で聞き返したのはジルカ軍需卿。成る程、これは確かに法螺話だ。農務卿が口籠もるのも納得できる。
「この場合、やつらの目的はあくまで砂糖のシェアであって、我が国に敵対するのが主目的ではない可能性がある」
「……ビールの事はどう説明するのだ?」
「経済的な視点から見れば、ビールの影響は砂糖に及ばん。旨味という点でも同じだろう」
「あくまで本命は砂糖である、と?」
「ビールはついでのようなものか……」
「おかしいかね?」
「いや……先を続けてくれ」
「続けると言っても、この話はこれで終わりだ。ただし、やつらの狙いが那辺にあるのかを考えた場合、もう一つ嫌な解釈が成り立つ」
顰め面で付け加えた農務卿を見て、嫌な予感に囚われる一同。
「……もう一つ、だと?」
「うむ。仮にやつらが砂糖のシェア独占を狙っているとして、我々は指をくわえて見ているだけか?」
「馬鹿な。何としてでもそれを阻止する。でなければ、テオドラムは終わりだ」
「そこが問題だ。もしもやつらが素直に撤退し――撤退の理由を我が国の妨害であったと言い触らしたらどうなる?」
嫌な目付きで一同を見回す農務卿。
「……ど、どうなるというのだ?」
「それまで庶民にも安く買えていた砂糖が、我が国の横やりのせいで手に入らなくなった……そう庶民どもが思ったら……?」
「!」
「イラストリアで我が国に対する反感を育むつもりか!」
「いや、イラストリアだけとは限らんぞ。マナステラでも何やら動きがあるとの報告が来ていた」
「もしも……その動きが沿岸諸国にまで広がったら……」
「いや……沿岸諸国は寧ろ、貿易で得た砂糖を出荷する側だろう?」
「だが、砂糖菓子についてはそうとも言えんぞ?」
動揺する国務卿たちを諦観の表情で見つめながら、農務卿は言葉を続ける。
「第一の場合は、我々は何としてでも砂糖の販売を阻止せねばならん。しかし、第二の場合は、迂闊に阻止行動に出れば、自分の首を絞める事になる」
「……確率は二分の一か……」
「二分の一? 馬鹿な。両天秤をかけている可能性すらあり得るのだ」
「なっ!?」
絶句する国務卿たちを、疲労の色が濃く覆った。




