第百三十六章 新年祭~三日目~ 2.テオドラム王城(その1)
新年祭の三日目。巷の浮かれ騒ぎが嘘のような暗い雰囲気が支配しているここは、ヴィンシュタットのテオドラム王城の会議室である。ただしその雰囲気は、悲痛でもなければ陰鬱でもない。強いて言えば、困惑と苛立ちを四割ずつに、二割ほどの鬱憤を混ぜたような感じであろうか。
「亜人どもめ、一体何が狙いだというのだ?」
吐き捨てるような口調で言ってのけたのはファビク財務卿。亜人たちによる砂糖キャンペーンの影響をもろに受ける職掌であるだけに、その表情は硬い。
「五月祭に引き続いて……どころか品数を増やしてきおった。しかも今回は黒砂糖の販売までやっておるとか」
「いや、それだけならまだ理解できる。何と言っても砂糖の利益は大きいからな。解らぬのは……」
「そう。解らぬのは必要以上に安値で売っておる理由だ」
「我らに対する嫌がらせ……と考えるには、コストが大き過ぎるか」
嫌がらせである――利益度外視の。
「あれ程に砂糖を使いまくった菓子や飲み物をあの値で売っては、利益どころか赤字の積み重ねが無視できぬ筈。考えられるのは、亜人どもが自ら砂糖を生産しておるか、あるいは生産元から直に仕入れておる場合だが……」
「その場合でも、殊更に安売りする説明にはならん。生産のコストとて低くはないのだ」
クロウのダンジョンマジックのせいで、コストはほとんどかかっていない。
「生産設備を整えるには、相応の時間と資金が必要だった筈。亜人どもにそのような動きがあったのなら、我が国にしろ他国にしろ、何らかの兆候は掴んでおらねばおかしい。しかるに、そのような兆候は全くみられなかった」
裏事情を知らぬ国務卿一同が頭を抱えていたところで、ラクスマン農務卿が吹っ切ったように提案する。
「この際、亜人どもがどこから砂糖を入手しているのかは忘れよう。それよりも、今はやつらの目的を探るべきではないか?」
農務卿の提案に、ふむと頷く国務卿たち。確かに、全ての問題を同時に論じるより、優先順位の高いものから片付けていった方が賢明だろう。
「やつらの目的か……手がかりとなるのは、まず安売りか?」
「そうだな。なぜ、あれ程の安値で売っておるのか」
「我が国に対する嫌がらせと考えるには、資金もしくは砂糖の出所が問題になる」
「……背後に何者かが潜んでおると?」
「いや……おかしな事はもう一つある。黒砂糖も安いには安いそうだが、値引率を考えると、菓子や飲み物に使われておる白砂糖よりも割高になるそうだ」
矛盾点を付け足すような財務卿の発言に、ほぅと眉を顰める国務卿たちであったが、そこへ押し被せるように農務卿が発言する。
「それも奇妙と言えば奇妙だが……私が気になっているのは別の事だ。亜人どもはなぜ、ああも様々な商品を売り出すのだ?」
販売促進のためである。
新規ブランドで砂糖を売ろうとしても富裕層の食い付きが悪いだろうと考えたクロウが、付加価値を与えるべく、様々な菓子類に加工しての販売を目論んだのが真相である。しかし、そんな裏事情がテオドラムに解ろう筈も無い。
訳が解らんと言いたげに顔を顰めた農務卿の指摘に、虚を衝かれた体の国務卿たち。
「そう言えば……今回は五月祭の時にも増して様々なものを売り出したとか……」
「うむ。数種類の甘い菓子に加えて、『センザイ』とかいう、豆を甘く煮た汁物も売っておるようだ」
「『ゼンザイ』ではなかったかね? まぁ、それはそれとしてだ……」
ラクスマン農務教は珍しく口籠もるが、やがて意を決したように言葉を続ける。
「……亜人どもの意図に関しては、やや荒唐無稽ではあるが、私なりに一つの考えを持っていた。……ただ、亜人どもが様々な商品を売り出したと言う事実と、その考えが上手く整合せんのだ」
「……ちなみに、どういう考えなのか訊いても良いかね?」
「うむ……亜人どもは、我がテオドラムに対して闘いを挑んできたのではないかと思っていたのだよ」
あっけらかんとした農務卿の発言は、多くの者に衝撃を与えたようであった。
「何だと!? 亜人風情が我々にか!?」
反感を持たれている自覚はあっても、まさか正面から喧嘩を吹っかけられるとは思っていなかったようだ。
「馬鹿な! 国を持たぬ亜人どもが幾ら力んだところで、如何程の事ができると言うのだ!?」
「現に、砂糖の安売りによって我々は混乱させられている。しかしだ、仮に亜人どもが一種の経済戦を仕掛けてきたのだとしても、何も今のように様々な種類の品を売りに出す必要性は無いと思えてな」
ファビク財務卿も専門家としてそれに同意する。
「同感だ。経済戦を仕掛けるのなら、五月祭の時にも指摘されたように、手持ちの砂糖を一気に市場に流す方が効果的な筈。手持ちの量が少ないというのなら、尚更に用途は絞った方が良い筈だ」
識者二人からの指摘に、揃って考え込む一同。
「……ラクスマン卿、何か考えている事があるのではないか?」




