第百三十六章 新年祭~三日目~ 1.リーロット
凋落甚だしいヴァザーリに代わる商都候補として、躍進著しいリーロット。その一角に出店したティースタンド……いや、現在の品揃えを的確に形容するのなら甘味屋というのが正しいかもしれないが、とにかくその店は、新年祭三日目の今日も賑わっていた。
「大した繁盛っぷりだねぇ……」
呆れたような口調で、しかし顔付きはニコニコと恵比寿顔でそう言うのは、甘味屋の隣に店を構える屋台の女将。隣が砂糖を売り物にした店と聞くや否や、販売メニューを甘味に合うような商品に素早く変更し、相乗効果で売り上げを伸ばしている。
というか、元来この国には甘味を売り物にした商品が乏しかったため、どこに出店しようが他店と競合する事はほとんど無いのであるが。
「去年の五月祭でテオドラムの馬鹿がやらかしてくれたからな。もうお見限りかと思っていたぜ」
「まったくなぁ。今年も来てくれたのは嬉しい限りだが……」
「……羨ましいというより、気の毒だな」
「あれはなぁ……」
周辺の屋台の店主が口を揃えて評しているのは、件の甘味屋の殺人的な――実際に過労死が出そうな勢い――集客力の事である。
昨日の開店早々から綿菓子で客を寄せ集めた――昨年の五月祭の事を憶えている者も多く、必要無かったのではとの意見もあるが――上に、黒砂糖や駄菓子の販売まで行なったものだから、追加人員分の戦力などとうに相殺されていた。
なので、せめて混雑するティースタンドから客の一部を引き剥がすべく、敷地の端に駄菓子類の販売コーナーを設けたのである。
そこまでは良かった。
宜しくなかったのはその後で、駄菓子売り場が別にある事を周知させるべく、そこで善哉を売り出したのが間違いの素であった。
作り置きが可能な善哉なら、鍋を弱火にかけて温めてさえおけば、いつでも温かいものを提供できる。その読みは間違っていなかったし、売り声に引かれて駄菓子狙いの客の多くが善哉のコーナーに集まったのも狙いどおりであった。
狙いどおりでなかったのは、善哉の集客力である。
甘味屋など無いこの国で、甘味に餓えた庶民の前に、甘さの塊とすら言えそうな善哉と駄菓子をぶら下げたらどうなるか。言わでも知れた事だ。
「『ゼンザイ』三つ!」
「こっちは二つだ」
「『マメイタ』を三人前!」
「『アメ』一袋おくれ!」
「『カリント』二袋頂戴!」
甘い菓子は確かに子供受けが良かったが、甘味に餓えていた大人たちのハートも鷲掴みにしたのである。
ちなみにこの善哉、商品開発の際にエルフたちがジャム用の素材を片っ端から試していて、偶々見つけた小豆っぽい豆で作られている。
ホルン経由で話を聞いたクロウ――とキーン――が狂喜したのは言うまでも無い。いたく喜んだクロウは、小豆餡についてだけでなく、善哉と汁粉のレシピも提供。試作品が亜人の子供たちに大人気だったため、これも商品化する事にしたものである。ただし、漉し餡にすると余計な手間がかかるので、今回は粒餡を使った善哉とし、汁粉の提供は見送っている。餅の代わりに小麦粉の団子を入れ、塩気の効いた漬け物を数切れ付けて半銀貨一枚。砂糖が馬鹿高い事を考えると、破格の安値であると言える。
一緒に売っている駄菓子の方は、大豆――何気にこれも似たような豆があったが、時間の問題から黄粉の試作は見送られている――を炒ったものに煮詰めた糖蜜をからめた「豆板」と、小麦粉を練って揚げたものに糖蜜を絡めた「花林糖」、それに、色とりどりで味も形も様々な飴である。ちなみに、花を封じ込めたタイプの透明な飴は、貴族向けに販売する事にしたので、今回は持ち込んでいない。
そして、今回から一般販売が解禁された黒砂糖であるが、量り売りの手間を省くために、角砂糖のような立方体に整形したものを持ち込んでいた。これまた新機軸のアイデアであり、後にこれを知った貴族や商人たちが瞠目する事になるのだが、それは別の話になる。
要するに……
「全然人手が足りないっ!」
「店長! ゼンザイ班をこっちに廻して下さい!!」
「だが、そうすると、現在向こうにいるお客さんもこっちへ殺到するぞ?」
「あぁもうっ! 連絡会議から追加人員を廻してもらえないんですかっ!?」
「申請はしてみるが、当てにはするな。受理されても、多分間に合わんだろう」
五月祭に較べて人員は倍増。ただし、商品の数も増えていた上に、五月祭の件で知名度は激増。商売には素人の者が多いゆえの誤算であった。
そしてこの誤算は、ここだけの事ではなかったのである。




