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第百三十五章 新年祭~二日目~ 5.開店のお知らせ~イラストリア王城~

 新年祭二日目、こういう事もあろうかと王城に詰めていたローバー将軍たちは、例によって例の如く国王執務室に集まっていた。



「昨日連絡が(へぇ)んなかったから、今度も空振りかと思ってたぜ」

生憎(あいにく)と開店したようですね。夏祭りに出店しなかったのは、五月祭から間が無かったからでしょう」



 二人が話題にしているのは、主な町に事前に配置していた諜報員からの報告である。昨年の五月祭に砂糖とビールを(たずさ)えて乗り込んだ亜人(ノンヒューム)たちが、新年祭にも出店したとの報せであった。

 ちなみに、ローバー将軍とウォーレン卿の二人は昨年の夏祭りの時期にも、亜人(ノンヒューム)たちが店を出す可能性を考えて王城に詰めていた。新年祭も同じ(でん)で待機していたのだが、初日に開店しなかったため、将軍は今回も空振りかと思っていたらしい。



「エルフたちが出店の申請をしている事は確認していましたからね。初日に店を開けなかった理由は不明ですが、彼らなりの理由があるのでしょう」



 主たる理由は、黒幕であるクロウが他店の売り上げを不必要に攪乱する事や、何よりも初日から荒稼ぎして神様を(ないがし)ろにしているように見られる事を忌避したためである。ただし副次的な効果として、従業員の苛酷な労働を一日減らすという無視できぬ成果を挙げていた。



「ま、ともかく今年も亜人連中は店を出しているのが判った(わけ)だ」

「品揃えについてはまだ判りませんけどね」



 やや投げ遣りに言い捨てたウォーレン卿の台詞(せりふ)を聞いて、意外そうな表情を見せる宰相と国王。



「品揃えはまだ判っておらぬのか?」

(すげ)人集(ひとだか)りで、中身を確認するまでにゃ至らなかったそうです」

「第一報を入れる事を優先したようですね。続報は追っ付け入る筈です」

「ふむ……ありそうな話じゃな」



 宰相たちは五月祭の現場にはいなかったが、直々(じきじき)に現場を視察した――試飲ではない、決して――第五大隊のフィンズリー将軍からも、人集(ひとだか)りの物凄さは聞いている。



「まぁ、酒でも飲んで続報を待つ事にしましょうや」

「イシャライア、新年祭の期間とはいえ、ここは王城。勤務中に酒を飲むなどという事は……なりませぬぞ、陛下?」

「あ、うむ、そうだな……」



・・・・・・・・



 数時間後、何とか人混みを突破してメニューを調べ上げたらしい諜報員からの報せを読んで、執務室の四人は困惑していた。



「ホットワインやホットエールは解るし、ホットビールもそれに類するものだと見当が付く。しかし……」

「『ダガシ』に『ワタガシ』とは何なのじゃ?」

生憎(あいにく)こっちはしがない小貴族の(せがれ)でね。異国の珍味なんかにゃ縁がありませんや」



 そう言うローバー将軍は、法衣とはいえ(れっき)とした伯爵家の三男であり、侯爵位を持つ宰相の(また)従弟(いとこ)である。



「まぁ、『ダガシ』というのは甘い菓子を指すようだが……『ワタガシ』とは一体何なのだ?」



 困惑した声で(たず)ねる国王であったが、それも無理はないであろう。綿菓子の実物を知らない者には、どう説明しようと納得はしてもらえまい。現に報告書には、見た目は純白の羊毛の塊のようで、軽く(はかな)く、大事に囲っておこうとしてもそれは叶わず、一夜の夢の如くにあえなく溶け去り、一度口に入れれば跡形もなく消え失せて、甘い記憶以外に何の食感も残さない、と熱意(あふ)れる筆で書き連ねてあるのだが……読んでいる方にはとんと実感ができない。


 第一、貴族のほとんどは羊毛の現物など見た事が無い。毛織物として知っているだけである。加えて、この国で知られている羊毛に純白のものは無い。遠い異国には純白の羊がいるという話を聞いた事はあるが、実見した事のある者はいない。

 結果として、羊毛の塊という形容が解らない。いや、本当のところを言えば、ローバー将軍は牧羊場を訪れて羊毛の現物を見た事はあるのだが、本人はその事を綺麗さっぱりと忘れている。なので全員が最初のところで想像に(つまず)く事になったのだ。それに加えて……



「口の中で(はかな)く消え去る……ってなぁどういう事だ? そんなもん、食った気にゃならんだろうが?」

「ですが……報告者はそれを絶賛していますよ?」

「雲のようなとも書いてあるが……」

「陛下は雲を食った事がおありで?」

「ある(わけ)が無かろう」

「まぁ、少なくとも『ダガシ』の方は実物が送られてくるようですし……」



 その現物を見れば、少しぐらい見当が付くだろうと、これに関する議論は打ち切りとする一同。

 翌日に、どうやら甘党であったらしい諜報員から、善哉(ぜんざい)についての熱の籠もった報告が届いて困惑を深める事になるのだが、それは別の話である。



「まぁ、どんなものかは今一つ理解できんが、亜人のやつらが目新しい売り物をしこたま並べ立てたというなぁ判った。でだ、ウォーレン、何でまた連中はそんな事をしたんだ?」



 ローバー将軍の疑問は、実はテオドラム王国のラクスマン農務卿が抱いているのと同じものであった。ただ、イラストリア勢はⅩことクロウが背後にいる事を薄々察しており、それを踏まえての疑問であったが。

 すなわち、亜人たちがテオドラムに嫌がらせを仕掛けているのは解るが、菓子類の充実はそこにどう整合するのか。それが将軍の疑問であった。



「エルフの産業振興……でしょうか?」

「産業振興だぁ?」

「仮にも一国であるテオドラムを相手にするには、亜人たちも相応の力を付けねばなりませんから。そういう狙いがあるのかもしれません。ただ……」

「ただ、何だ?」

「いえ、Ⅹの事ですから、そんな単純な目的ではない気がするんですよね。まぁ、砂糖を使った菓子というものを周知させるという事はあるんでしょうが、その先がどうにも……」

「成る程……何のために周知させているのかが判らねぇ(わけ)か」

「えぇ。幾つか憶測を進めても、結局は砂糖の販売促進というところに行き当たるんですよ」

「そんな単純な筈はねぇか……」



 実は単純に販売促進であるのだが。

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