第十五章 エルギン男爵領 3.エルギン男爵(その1)
亡命してきた子供を送り届ける話です。短いです。
マナステラ王国を脱出して来た、今は亡き我が友クリーヴァー公爵の愛息マールが当家に辿り着いてから、もう五日か。ヴァザーリが亜人たちに襲われたと聞いた時には、もはやこれまでかと諦めたというのに、不思議な事もあるものだ。
ホルベック卿は自室で朝の茶を楽しみながら、目まぐるしかったこの五日ほどを思い返していた。
マールの話によると、奴隷を解放したエルフたちが大変な剣幕で引っ張って行くものだから、恐くなってついて行ったのだという。ひ弱な子供の足ではすぐにへたばってしまったが、獣人たちが抱えてくれたそうだ。ヴァザーリ伯爵領を出て休んだ先で、連れて行くの行かないのと一悶着あったようだが、一人のエルフに連れられてしばらく森の洞窟にいたという。
さて、そこからがどうも曖昧で、夢うつつに誰かと話していたような記憶がおぼろげにあるそうだ。それからエルフとの暮らしが続いて、ある日気がついたらベッドの中で眠っていたという。
マールを見つけた時には大変な騒ぎだった。何しろ見知らぬ子供が、いつのまにか庭先で眠っていたのだから。眠りの深い様子が普通ではなかったので、儂の所へ知らせが来たのだが、顔を見た時には本当に驚いた。すぐに侍医を呼んで看てもらったが、眠り薬を飲まされただけのようだというので、ベッドに運んで様子を見た。屋敷の者には口止めしておいたので、外にばれる気遣いはない。使用人にそれとなく聞き込ませたが、あの子が連れ込まれるのを見かけた者もいないようだ。王家に知られたら大事だからな。以後も秘密裡に事を運ばねばならん。
茶をおかわりして、少年の今後の身の振り方を考える。
領都では人目につき過ぎるかもしれん。心の利いた供を数名つけて、人気の少ない田舎にでも匿った方がいいか。
たしか「国の外れ」という意味の、エッジとかいう村があったな……。




