第百三十五章 新年祭~二日目~ 3.サウランド
新年祭の二日目、サウランドの町は祭の人出でごった返していたが、とある一角は他と較べても特に人集りがしていた。
しかも奇妙な事に、人集りの中心近くの群衆は挙って無言、あるいは呟きや囁きが漏れてくる程度なのだが、逆にその周辺の群衆からは、見えない、どけ、さっさと代われなどの罵声が飛び交っているのである。
クロウ謹製の綿菓子機、そのデビュー当日の事である。
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話は当日の朝に遡る。
「おや……あんた方は五月祭の時の」
テントを組み立て椅子を並べて開店の準備をしていた亜人たちに声を掛けたのは、隣の店の店主である。どうやら五月祭に出店したティースタンドの事を憶えていたらしい。
「はい。ご縁があって、新年祭にも出店させて戴ける事になりました」
「ほう、そうかい。そりゃぁ、うちとしても大助かりだ」
亜人連絡会議が夏の終わりに商工組合に使いを派遣して、新年祭への出店の可否を訊ねたところ、その場で承諾の返事を貰ったばかりか、会場の中心近くの広い一画を割り当てられたのである。五月祭での繁盛振りに鑑み、端っこに店を出すと混雑だけでなく客の流れを停滞させかねないとの判断があったらしい。隣人らしい店主の発言も、客のおこぼれを期待しての事だろう。串焼きを売っているとの事なので、商品の間に競争が生じる事もない。寧ろ集客力に期待できるとの判断であった。
「ひょっとすると、混雑してご迷惑をおかけするかもしれませんが」
「なぁに。客が寄ってくるのなら、文句など言わんよ」
……そう。客が寄ってくるのなら、文句は出ない筈だった。
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「店長、お客さん、ちっとも店の方に来ないですよ」
「綿菓子の集客力が強すぎます。見物人が動きません」
「大丈夫! お預かりしたマニュアルには、こういう時の対処法も載っている!」
「「さすが精霊術師様!」」
集客用にと店先で綿菓子を作り始めたのは良いが、何しろ、珍しい砂糖――白双糖など見た事のある者はこの国にいない――を、珍しい機械に入れると、煙のような雲のような珍しいものが立ち現れて、試食と称して配られたそれを口にすると、これまた珍しい――というか、初めての――食感と甘い幸福な味わいだけが口の中に残る……。
斯くの如く珍し尽くしの綿菓子の、しかも人目を引き付ける実演販売である。物見高い客が食い付かない訳が無い。
作ったそばから売れていくので、綿菓子を作る過程は何度も見る事ができる。しかもこの製造過程、幾ら繰り返して見ても飽きが来ないのである。最前列の客――というか見物人――は根が生えたように動かなくなり、後ろの方で見えない客はキレて暴動を起こしかねない。そんな状況になっていた。
そして、そういう事態が起こった場合の対策も、幾つかクロウはマニュアルに載せていたのである。中学・高校・大学とTRPGに親しんできた、クロウならではのシミュレーションの功績である。
「差し入れで~す」
そんな艶やかな声とともに、エルフの女性が湯気の立つ飲み物を盆に載せて持って来た。
「あ、どうもありがとう」
「寒かったでしょう? これでも飲んで温まって」
「わぁ、ホットティー♪」
「えぇ、リモネ――レモンに似た柑橘類――は苦手だって言ってたから」
感謝の言葉とともに、綿菓子に付きっきりだった獣人の少女が湯気の立つホットティーを受け取り、美味しそうに喉を鳴らしてそれを飲み干す。客たちの視線はエルフの女性から温かそうなホットティーに、更にそれを飲み干す獣人の少女へと移っていく。ごくりと喉を鳴らす音があちこちで聞こえ、同時に寒さを思い出したのか身動ぎする者が増えてくる。
そのタイミングを見計らったかのように――実際に見計らっていたのだろうが――エルフの女性が声を掛ける。
「皆様も宜しければお店の方へどうぞ。身体の温まるお飲み物をお出ししています。お隣の商品に合いそうなメニューもございますよ」
抜け目無く隣の店の宣伝まで混ぜたエルフの勧誘に、数人の観客が心を動かされたようだ。
「新年祭は五日間もございますし、一通りご覧になった方は後ろのお客様と代わって下さいな」
エルフの言葉に後方の客からの歓声が上がり、最前列を占有していた観客もきまり悪そうに立ち上がる。
エルフの女性が立て続けに爆弾を放り込んだのはこの時である。
「今回、お店の方では少しですが黒砂糖も販売致しておりますし、別の区画に出店している酒場の方では、ホットワイン、ホットエール、ホットビールなどの温まるメニューもご用意致しております」
ビールという単語に色めき立った観客に、続く台詞が冷や水を浴びせる。
「不祥事が起きない限り、当店は最終日まで営業致しますので、ご愛顧の程宜しくお願いします」
――不祥事!
リーロットの町でテオドラムの大馬鹿どもがやらかしたせいでティースタンドが閉店した件については、彼らも噂で聞き知っている。もしもこの町で馬鹿が余計な真似をしたら、そして亜人たちが店を畳んだら……。観客たちは――なぜか近隣の店の店員たちまで――警戒心も露わに周囲に視線を巡らせるのであった。




