第百三十五章 新年祭~二日目~ 2.バンクス(その2)
クロウたちがルパを見送った場所の少し先では、二人のドワーフが杯を空けていた。
「美味いっ!」
「むふぅ……この時期にエール……おっと、ビールじゃったか? まぁ、それにありつけるとはのぅ……」
ギブソンとボック。ここバンクスの新年祭にエルフたちが酒場を出店する事を探り出し、態々王都からやって来た二人組である。
「しかも、温めた酒ときたもんじゃ。以前に飲んだ時は少しも美味いと思わなんだが……何でこう美味いんじゃろうのう」
「むぅ……仄かな甘みがあるところをみると、多分砂糖が入っておるの。それから、この香りなんじゃが……」
「それじゃ……虫除けの香りに似てはおるが……」
似ているも何も、この国では虫除けとして使われている木の樹皮そのものである。
「うむ。じゃが、別物じゃろう。あれほどきつい臭いではないわい」
同じである。量を加減しているだけだ。
「ふむ。何にしても美味い。儂らはそれで充分じゃ。そうじゃろう? ギブソン」
「おぅさ、そのとおりじゃ」
二人はごっごっという音が聞こえそうな勢いで酒杯を空けると、ゆらりと立ち上がる。
「どれ……温かい酒は、それはそれで良いんじゃが、すぐに冷めてしまうのが欠点じゃな」
「うむ。しょっちゅう追加を貰いに行かねばならんのが面倒じゃ」
(「「保温の魔道具など作れんもんかのぅ……」」)
内心の想いを押し隠して、二人はお代わりを求めに店へと向かう。
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「……しかしギブソン、お主は冷えたビール冷えたビールと口癖のように言っておったが、こうしてみるとエールも捨てたもんではないのではないか?」
「うむ……こう温めて飲む場合は、寧ろエールの方が美味いかもしれん」
ギブソンと呼ばれたドワーフが、重々しい態度で頷く。
「酒それぞれに美味い味わい方があるという訳じゃな」
「そういう意味では、このホットワインとやらも曲者じゃ。こうまで風味が変わるとはのぅ」
現在二人が飲んでいるのはホットワインと呼ばれるものである。こちらも単に温めただけではなく、シナモンなどのスパイスが加えられている。ただし二人のホットワインはトッピングに少し違いがあり、ボックというドワーフが飲んでいる方にはスライスした柑橘類が浮かべてあった。
「温めて香り付けをしただけなんじゃろうが、それだけで感じが変わってくるのう」
「寒空に温めたものを飲んでおるというのも大きいじゃろうが……それだけではないのう」
「ドランのやつらめ、ホット用のワインを育てておったのか?」
勿論そんな事はない。真相は、ドランのエルフたちが造っていたワインの中に、偶々ホットワインとしての飲み方と相性の良いものがあっただけなのだが……そう疑われても仕方がないほどの嵌り具合ではあった。
寝る間も惜しんで最適な組み合わせを探し当てた、ドランの杜氏たちの努力と功績は無論大きいのだが。
「しかし……あれじゃな」
「むぅ?」
「いや……こうなると、もう少し強い酒があればと思ってしまってのう」
「ボック……それは無い物ねだりというもんじゃ。儂もそう思わんではないがのう」
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後ろで密かに聞き耳を立てていたクロウは、出せない事もないのだが、と考えていた。
オドラントで造っている蒸留酒を持ち出せば、ホット・ウィスキーだろうがホッタ・バタード・ラムだろうが、出せなくはない。ただ……それをやると間違いなく収拾がつかなくなる上に、テオドラムへの影響という点では何の効果も無い。余計な面倒を背負い込むつもりは、クロウには露ほども無かった。




