第百三十四章 新年祭~初日~ 1.バンクス
新年祭の初日、例年のとおり俺はライとキーンを懐に忍ばせて、新年祭の会場に赴いた。有り体に言うと宿の自室でゴロゴロと惰眠を貪っていたいんだが……うちの子たちの新年祭コールには勝てないんだよ……。いや、「無く子と地頭にゃ勝てぬ」とは、昔の人は上手い事を言ったもんだ。
例年のごとく従魔たちの嘆願に負けて、昼過ぎから露店巡りのミッションに従事していたところで、ライがそれを発見した。
『ますたぁ、あそこ』
ライが示す方向を見ると、そこにいたのは……
『ルパのやつ、こんなところでなに油を売ってやがる……』
『原稿がぁ、終わってぇ、気分転換とかぁ……』
『んな訳があるか。昨日うんうん唸っていたのを見たばかりだ』
『あ……マスターは、昨日でお絵描き、終わったんですよね?』
『当座の分の七枚はな。後はルパの原稿待ちなんだが……』
昨日尻を叩いておいたばかりだというのに、あの野郎……
『でもマスター、ルパさん、何か変にキョロキョロしてませんか?』
そういえば……
『挙動不審ですぅ』
相変わらず仕込み杖を手にしたルパが、何かを探すようにウロウロしている。
『あいつは何を探してるんだ?』
『人だかりがぁ、してる場所を、探してぃますぅ』
『そうみたいですね。あ、無理矢理潜り込もうとして……あ~あ』
『……弾き飛ばされたな……』
『おばさんたちってぇ、強ぃですぅ』
逆上して仕込み杖を抜かなかったのは褒めてやろう。
『……諦めませんね……』
『何を執着してるんだか……』
『ますたぁ、どぅしますぅ?』
『……見た以上、放ってもおけん。周りの迷惑になってるからな。すまんがお前たち……』
『はぁぃ』
『隠れてますね』
うちの子たちは物解りが良くて助かるな。
・・・・・・・・
「おいルパ、こんな場所で何をやっている?」
「……クロウ?」
声をかけると、ルパのやつはキョトンとした顔でこっちを見ていたが、やがてきまり悪げに目を逸らした。こいつ……やっぱり原稿をほっぽって出てきやがったな。
「楽しそうだな。執筆の合間の気晴らしか?」
「あ、う、うん。そんなとこだ」
「ふぅむ……机を離れて気晴らしに出ようというくらい、気分的な余裕がある訳だな。いやいや、喜ばしい事だ」
そう言ってやると、ルパのやつは目を白黒させている。
「あ……うん、まぁ……」
「いやぁ~……原稿が白紙状態なら、とてもの事に外へ出ようなんて暢気な考えは出てこないだろうからな。相応に原稿も進んでいるに違いない。いやぁ、善哉々々、重畳至極」
「あ……その……」
「ん? どうしたルパ? 顔色が好くないな?」
「あ……う……」
すっかり俯いて呻吟しているルパの背中を一つどやしつけておいてから、息抜きはそこそこにしておけと釘を刺しておく。
「お前、一応は貴族なんだろうが。こんな下々の催しにうつつを抜かして良いのか?」
「いや、貴族だって新年祭には出席するぞ?」
「仕込みを提げて人混みに割り込もうとするのが貴族の流儀か?」
「いや……それは……」
「さっさと白状しろ、ルパ。一体何を探してる?」
ルパの答えは、予測されて然るべきものだった。
「砂糖とビール?」
「あぁ、昨年の五月祭でエルフたちが出していた。新年祭にも出店していると考えるのが妥当だろう?」
……いや、生憎だが初日は開店してないぞ。他の店に対する兼ね合いだとか、神様へのお祈りが中心となるべき初日から酔っ払いを量産するのは如何なものかとか、色々と思うところがあったからな。
「……俺は見なかったな。新年祭には出店していないんじゃないのか?」
「いや、噂だが、エルフたちが馬車を仕立てて乗り込んできたのを見た者がいるそうだ」
ちっ……目敏いやつがいるな……
「だったら、露店を取り仕切っている商業ギルドかどこかに問い合わせたらどうなんだ?」
そう言ってやったら、ルパのやつはポカンとしていた。こういうところに気が回らないところは、世間知らずのお坊ちゃまだよなぁ……。
「それだ! 行くぞクロウ!」
俺もかよ! ま、しかたない。付き合ってやるか。




