第百三十二章 バンクス 3.パートリッジ卿との再会
バンクスに着くなりルパの屋敷を訪れる羽目になったが、御前のところにはきちんと使者を立てて到着を伝えた上で、三日後に旅の垢を落としてから訪問する事にした。いや、使者といってもルパのところの使用人さんが自主的に申し出てくれただけなんだけど。本当に、この屋敷は当主が頼りない分、使用人の方々が優秀だよな。
「……クロウ、何か僕に失礼な事を考えてないか?」
「馬鹿を言え。お前に対して失礼な事なんか、一度たりとも考えた事は無いぞ?」
事実を考えても、それは失礼とは言わんよな?
「……そうか?」
俺とルパは連れ立ってパートリッジの御前のお屋敷に向かっている。実はルパの屋敷と御前のお屋敷は比較的近い位置にある。馬車を出すほどの事もない距離なので、ルパも御前を訪問する時はいつも徒歩らしい。今日は俺とルパが食事に招待されている訳だ。
「半年と少しぶりじゃね、クロウ君」
「御前もお変わりなく」
「ルーパート君も、今日は良く来てくれた」
「いえ、お招きに預かり光栄です」
半年ぶりに合った御前は、相変わらず機嫌も体調も好さそうで、俺は少しばかり安心した。何と言ってもお歳だからな。
美味い夕食に舌鼓を打ちながら、ルパのやつの執筆計画変更についてチクっていると、御前が苦笑しながら話を切り出した。
「それなんじゃがね……実は儂の方も思うように執筆が進んでおらんのじゃよ」
「……何かありましたか?」
「実はじゃね……」
そう言って御前が話してくれた内容は、少しばかり以外で、しかし納得はできる話だった。
「シャルドの再発掘計画……ですか」
「それは僕も初めて聞きましたが」
「うむ。まだ表立っては動き出しておらんからね」
俺たちが引き起こした「災厄の岩窟」――嫌になるほどピッタリしたネーミングだな――の騒ぎがダンジョンに関する関心を高めたのは知っていたが、どうもそれに付随して流れたマーカスとヤルタ教の仮説が原因で、シャルドの封印遺跡だけでなく古代遺跡にまで関心の鉾先が向いたらしい。
「封印遺跡の方は国が慎重に調査を進めておるようじゃがね……」
知ってます。一応モニターしてるんで。
「……そのあおりで今まで手付かずじゃった古代遺跡の方も見直されておってね」
今まで手付かずだったのは、エメンのやつがしでかした贋金騒ぎが発端となった貨幣の改鋳で、国庫が寂しくなったからだというのは知っている。出端を挫かれたために、そのまま済し崩しに手付かずのまま放って置かれたらしい。
「御前がそれに関わる事に?」
「この国の学者が音頭を取る予定ではなかったのですか?」
「なんでも、以前に予定されておった学者が異動したり退職したりこの世を去ったりしたそうでね。人手不足の折から、この老骨が引っ張り出される事になったようじゃ」
「「ははぁ……」」
「そんなこんなで、当時の資料やらメモやらを引っ張り出す騒ぎになってね、そちらの方に手を取られてしまい、肝心の執筆が進んでおらんのじゃよ」
「確か、執筆中の原稿も、シャルドの古代遺跡に関するものではありませんでしたか?」
「そうそう、ルパ君には以前に話したね」
「あぁ……それで」
「うむ、どうせなら今度の発掘で得られた知見も加えたいのでね」
「自分は構いませんが……そうすると、新たな発掘で得られた資料の所有権はどこに? 場合によっては作画ができない事になるのでは?」
「いや。そこは何とか頑張ったとも。全てではないにせよ、一部は借り出せるように内約をね」
……そうすると……発掘作業の風景なんかもスケッチした方が良いのか?
「御前、発掘はいつから始まるので? それと、発掘の現場を見る必要がありますか?」
「それを相談したかったのじゃが……世情が不安定になっておるため、少しばかり発掘計画の策定が遅れておってね。……今年中に始まるのは確かなんじゃが……」
う~む……
「まぁ、しばらくはこの町に逗留しますから。ここを発つまでには、少しは情勢も見えてくるでしょう」
クロウはそう話しながら、新たな擬装計画が必要になるのかどうかを考えていた。




