第百三十一章 バンクスへ 1.エッジ村からエルギン
去年の雪中行軍に懲りたクロウは、今年は去年より早い十日近く早くエッジ村を出立する事にした。念のために、簡素ながら冬山向けの野営装備まで持参する事にして。
「んだぁ、また春までお別れだんなぁ」
「クロウさにゃぁ今年もお世話になったべ」
「んとになぁ……夏祭りんときゃ、クロウさがいなけりゃどうなったか……」
一瞬遠い目をしかけた村人たち――とクロウ――であったが、すぐに気を取り直して送別の言葉をかけてくれる。
「んだば、気を付けて行くだよ?」
「去年は雪に遭ったというでねか。道具はちゃんと持っただか?」
「さすがに懲りましたから……出発も十日ほど早めていますから、今度は大丈夫な筈です。万一雪に見舞われたら、シャルドで馬車を待ちますよ」
「シャルドだかぁ……えらく評判になってっけど、馬車が通ってるだかね?」
「俺も知らなかったんですけどね。後で聞いたら、冬も食料の配送があるとかで、数日おきにバンクスから馬車が出てるんだそうで。それを知っていれば無茶はしなかったのにと思いますよ」
「んだば安心だな。ま、気を付けて行くだ」
「小屋の面倒はみとくだでな」
「よろしくお願いします」
斯くの如く村人たちの声に送られて、クロウはエッジ村を旅立ったのである。
エッジ村からバンクスへ向かうには、最初にエルギンの町へ出る必要がある。ここからいわゆる新街道を通ってバンクスに行くのが普通だったが、最近はシャルドの遺跡を訪れようとする観光客で、寂れていた旧街道も少し活気を取り戻している。クロウは今回も旧街道を通ってバンクスへ向かうつもりだった。
日本時間で十二月の十日の事だった。
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『この町は相変わらず活気づいてるな』
『人がいっぱぃですぅ』
『冬だというのに、結構人間が出歩いてますね』
エッジ村を出てから三日、クロウたちはエルギンの町に着いていた。例年の如く日中は律儀に徒歩で移動、冬は人目に付かない場所で野営……している振りをして自宅マンションへ戻るというチート旅行であったが。お供はこれまたいつものようにライとキーンである。
『さて……どうしたものかな』
『何がですか? マスター』
『いやな、ここまで来てホルンたちに挨拶無しというのも薄情な気がするが、ホルンたちがいるかどうかが判らんしな。それでなくとも、人間が亜人連絡会議の事務局へ入って行くのは目立つからな』
『あ~……そういう事ですか……』
『考ぇ所ですぅ……』
だが、この時は解決の方が向こうから出向いて来てくれた。
「おぅ、こりゃ……えぇと……クロウさん……?」
声を掛けてきたのは獣人のダイムであった。クロウの姿を見て思わず声を掛けたはいいが、はたして声掛けして良かったのか、クロウと呼んでいいのか、ラスという仮名で呼び掛けるべきか迷ったらしい。結局変装していないのだからという事で、クロウと呼び掛ける事にしたようだ。
「ダイムか。こっちに出てきてたのか?」
「最近は大体こっちでさぁ。何やかんやと仕事が多いもんでね。他の二人も出てきてますぜ」
怨みがましい口ぶりで言われても困るんだがな。
「それじゃぁちょっと挨拶してくか」




