第百三十章 商品開発 7.駄菓子
「ダガシ?」
「あぁ……精霊術師様のお国の言葉で、庶民向けの簡単な菓子というような意味らしい」
「……砂糖を使っているのにか?」
「逆に言えば、砂糖さえあれば手軽に作れるという事らしい」
「……まぁ、精霊術師様のお国の話だしな……」
「ここでその問題をどうこう言っても始まらん。作り方を教えてくれ」
こちらの班は貴族向けの高級品でなく、やや庶民向けの駄菓子の製作を任されたようだ。男たちがレシピの記してあるメモを眺めている。
「……成る程。砂糖を使っているとはいえ、手順そのものは簡単だな」
「あぁ。確かに砂糖の値段さえ抑えられれば、普通に子供向けの食べ物だな」
「こっちは見かけをあまり気にしなくても好いそうだから、少し気が楽だな」
「とにかく作ってみよう。最初はこの、カ……カリントとかいうやつからにしよう」
花林糖。小麦粉を棒状に練って油で揚げ、糖蜜をかけた菓子で、レシピによっては生地に卵や牛乳を混ぜる事もある。
「小麦粉を使うのか……」
「それがどうかしたか?」
「いや、他の班は小麦粉など使っていない事を考えるとな……」
「あぁ……確かに、俺たちの知る菓子は小麦粉ありきという感じだったな、そう言えば」
「小麦粉無しでも菓子が作れるんだよなぁ……」
妙な感慨に浸っていたが、やがて気を取り直したように作業にかかる。
「こんなもんで良いのか?」
「形には何も指定が無いから、良いんだろう」
「で、これを揚げる……って、煮え立った油に浸せば良いんだよな?」
「多分な……って! うぉっ!」
「熱っ!」
「あぁ……揚げる時には油がはねる事があるので注意するように書いてある」
「先に言ってくれ! そういうのは!」
「済まん」
不慣れな調理に戸惑いつつも、揚げ終えて油を切ったものを、フライパンで煮詰めたシロップに絡めていく。冷ましたものを試食した男たちの感想は……
「……甘い、な」
「子供らは喜ぶかもしれんが……」
「……あぁ、ここに書いてある。総じて駄菓子の類は甘みが強いものが多いので、渋い茶と一緒に食べるのがお薦め……だそうだ」
「……成る程。茶が進みそうな味だ」
黒砂糖を使ったものが、特定の動物の「糞」に色と形が似ている事は、全員がスルーする事にしたらしい。尤も、次に作る試作品は棒状にしないように、全員で申し合わせていたのだが。
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「で、『カリント』の生地の代わりに、豆なんかを糖蜜で固めるものがあるそうだ」
「今から作るのがそれか?」
「あぁ。煎り豆を煮詰めた糖蜜に絡めるだけだ。バターを入れるレシピもあるし、糖蜜をただ絡めるんじゃなくて、糖蜜で棒状や板状に固めたものもあるらしい」
「とりあえず、一番簡単そうなものから作ってみるか」
まずは基本という事で、単に煎り大豆に糖蜜を絡めただけのものを試作し、試食してみる。ちなみに、なぜかこの世界には大豆と同じような豆が普通に存在している。しかし、煮豆や煎り豆に使われる程度で、菓子に使用される事は無かった。
「ふぅん……豆が少し硬いが、悪くはないな」
「さっきの『カリント』よりは甘みも少ないしな」
「いや、これにしても『カリント』にしても、甘みの調節は可能だろう?」
「あぁ……それも確認しておく必要があるな」
「それと、気になったんだが、これは豆の種類を変えたり、豆以外のものを使っても作れるんじゃないか?」
「可能だ。ただ、イモなんかだとあまり日保ちがしないそうだ。これはレシピにもよるらしいがな」
「あぁ……煎り豆だと日保ちしそうな感じだよな」
「他の豆だとどうなるんだ?」
「何種類かで確かめておいた方が良さそうだな」
今後の方針が決まったところで、一人が今更な疑問に気付く。
「けどなぁ……」
「どうした?」
「いや……この『ダガシ』だったか? こっちの貴族に受けるかな?」
素朴な疑問にう~んと考え込む一同であったが……
「貴族だけを考えなくても良いだろう。この『ダガシ』は、すこし裕福な程度の小金持ちを狙ったものじゃないのか?」
「元々精霊術師様のお国じゃ、庶民向けの菓子だったそうだからな」
「庶民のささやかな贅沢って扱いでも良いんじゃないか?」
「いやな、色や形なんかを少し変えたら、貴族にも受けるかもしれんと思ってな」
「あぁ……どっちに力を入れるべきかって事か」
「……それは幾つか試作を作ってから考えよう」
次回から本編に戻ります。




