第百三十章 商品開発 2.ヌガー
砂糖漬けと香料を担当している者の他にも、クロウからの課題に取り組む者たちがいた。
「……貴族相手の本命は砂糖漬けだそうだが、それ以外にも幾つかの菓子のレシピを戴いたんだが……」
途方に暮れたような口ぶりの若いエルフ。
「……嫌な予感がするから、凹んでる理由を訊くのは後にするぞ。『砂糖菓子以外』っていうのは、店に出す分でって事か?」
「そうだ。金持ち相手の店に出す菓子の候補という事だな」
「おい……嫌な予感が当たったみたいだぞ?」
「訊くのが怖いんだが……鬱ってる理由は何だ?」
「砂糖を馬鹿みたいに使うからに決まっている!」
すっかり居直った様子で力強く言い切ったリーダーの言葉に、あぁやっぱりかと項垂れる一同。正直なところ彼らの経済観念では、高級品の砂糖をこれでもかと使い倒すクロウのレシピは心臓に悪い。慎ましやかな生活を送るエルフや獣人の領分ではない気がするのだ。
「文句を言うな。砂糖をふんだんに使う菓子を広めるついでに上物の砂糖を売り込んで、テオドラムの砂糖産業に冷や水を浴びせるのが目的なんだ。仮にも一国を相手にする以上、それなりの覚悟が要求されるのは解るだろうが」
「それはそうなんだが……」
「覚悟の方向が予想外だったというか……」
怖じ気づいた様子の仲間たちを叱咤して試作に取りかかるリーダー。本音を言えば、彼とて回れ右して立ち去りたいのであるが、班のリーダーを押し付けられた以上それはできない。ともすれば萎えそうになる心を無理矢理に奮い立たせて、与えられた課題に取り組んでいるのだ。
「……で? 俺たちが作るのは何だって?」
「あぁ……ヌガア……とか言ったかな? 糖蜜で干した果実や木の実を固めた菓子だそうだ」
ヌガー。現代日本でも目にする菓子であるが、ス○ッカーズの中身と言った方が解りやすいかもしれない。分類上はソフトキャンディーの一種になる。元々はアラブの菓子に端を発するが、これが中国に渡り、そこから更にフランスへと伝わって、現在のヌガーへと進化した。
「バターを使うのか」
「卵白を使うレシピもあるそうだが、こっちは掻き混ぜるのが大変らしい。色は白くて、ドライフルーツの色が映えて見た目にも綺麗らしいがな」
「……まぁ、最初は簡単な方から始めるのが良いな」
クロウのレシピに従って、鍋にバター・砂糖・蜂蜜を入れて加熱しながら混ぜ合わせ、砕いたナッツやドライフルーツを混ぜ込み、少し冷ましてから切り分けていく。そうしてできあがったものを見た感想が……
「何と言うか……見事なまでに地味だな……」
「味も食感も申し分ないんだが……」
彼らの反応は微妙であった。味については問題無いと思うのだが、如何せん、色合いが茶色で地味なのだ。見た目を重視する貴族たちに受けるかというと、やっぱり微妙な気がする。
「ドライフルーツを加えた場合は、もう少し彩りが加わるそうなんだが……」
「地の色が茶色だからなぁ……華やかさに欠けるというか……」
「というか、寧ろこの具材からすると、携帯食料っぽくないか?」
「あぁ、そういう風にも使えるらしい」
「……卵白を使うと白いものが作れるんだな?」
「混ぜるのが大変だと書いてあるがな」
「……他に工夫の余地は無いのか?」
「待ってくれ……あぁ、加熱する温度を下げると、食感が変わって別のものになるそうだ。あとは、バターの量を増やしてナッツやドライフルーツを含まないか、あるいはごく少なくしたものもあるそうだ」
「そっちの色合いはどうなんだ?」
「あまり変わらないみたいだな」
「変わらんのか……」
「なぁ……どうせ見た目が地味なら、いっそ黒砂糖を使ってみてはどうなんだ?」
「黒砂糖は味が少し違うだろう。癖のある味になるかもしれんぞ?」
「う~ん……」




