第十四章 王都イラストリア 2.国王執務室(その2)
悩みの種の本命が登場します。
ヴァザーリから届いた驚天動地の知らせを受けて、再び例の四名が執務室で密議をこらす。
「ヴァザーリより緊急の報告が届いた事は知っていようが、その討議に入る前に、新たな情報についての摺り合わせを行ないたい」
「はい、まずはヴァザーリ伯爵の被害について。前回は未確認でしたが、賊は伯爵家の食料庫の小麦を水浸しにしていったそうです。このため小麦のほとんどが腐敗もしくは発芽し、食糧としては全滅しました」
「前回のバレン男爵に引き続いてまたしても兵糧攻めか。地味に嫌らしい手を打ってくるのぅ」
「効果的なのは間違いないですからな。今回は道路の封鎖がない分だけまだましでしょう」
「続けます。亜人たちによる奴隷の無差別解放のせいで、犯罪奴隷七十名ほどが脱走しました。行方については目下の所不明ですが、当夜の暴動の幾つかは彼らによるものと思われます」
「……これまた厄介な話だな」
「厄介ついでにもう一つ。脱走した奴隷の中にエメンの名がありました」
「エメン?……あの贋金作りか!」
「あやつの贋金には王国中が引っ掻き回されたな……」
「はい。設備や資金を持つ連中の所に逃げ込まれたら面倒な事に……」
「指名手配するしかないだろうな」
「それでは、最大の厄介事に移ろうかの。宰相」
「は。最初に、この話はここだけの事にしておいてもらう。たとえ寝言であっても漏らす事は許されぬと思ってくれ。……奪われた奴隷の中に、隣国マナステラの、取り潰された公爵家の遺児が含まれておった」
沈黙が一同を覆った。
「……正直、どっから突っ込んでいいのか判らんのですが……そもそも何で公爵家が潰されるんです? 公爵ってのは王族じゃねぇんですかい? それに、普通は潰すんじゃなくて首をすげ替えるだけじゃ?」
将軍の疑問には国王自らが答える。
「取り潰された理由については、表向き明らかにされておらん。先頃王位を継いだ新王との確執か、王位継承にからむ争いか、そんなところじゃろう」
「んじゃ、次に、そんな若様が何で奴隷なんかに?」
「それも判らん。ただ、奴隷商人は内々に依頼を受け、わが国の誰かのもとへその遺児を送り届ける約束じゃったそうな。それが誰かは奴隷商人も知らされておらんで、割り符をもって身元を確かめる手筈だったそうじゃ。件の遺児が奴隷の中に混じっておったのは身元を隠すためで、虐待はしておらんかったと言うておる」
「奴隷商人にその難題を依頼したのは何者ですか?」
ウォーレン卿の問いには、今度は宰相が答える。
「それについては商人のやつ、頑として口を割らん。顧客の情報を喋らんのは商人の矜恃だそうだ。いっそ天晴れと言いたくなる」
「この……奇妙な形での亡命を、マナステラ王家が黙認している可能性は?」
「無論ある。ただし、確認する術はない」
「……なるほど。こりゃ、飛びっきりの厄介事ですな」
この件に対するクロウたちの反応は明日から始まる次章で。




