第百二十八章 シュレク 1.「怨毒の廃坑」(その1)
『テオドラムがシュレク後背部の監視拠点をしゃかりきに強化している?』
「怨毒の廃坑」のダンジョンコア、オルフからの報告にクロウは困惑した。
『これまでやってきたような整備とは違うのか?』
『偵察を行なった幽霊によれば、村一つ分じゃきかないような量の木材が運び込まれていたとか。ちなみに、駐留部隊の兵舎は概ねできあがっていたそうです』
『つまり……今現在以上の増援が来る可能性があるのか?』
『いえ、それなんですが……敷地の面積を拡げようとする動きは見られなかったそうです。どちらかと言えば防備を固めていたようですね』
『……どういう事だ?』
モルヴァニア軍が国境の向こう側に布陣してからというもの、丁度正面に位置するシュレク後背の監視拠点は、ダンジョン監視という本来の任務に加えてモルヴァニア軍への備えという役割も与えられ、それに応じて兵力も強化されている。その事に関しては、五月祭以降に実戦配備を進めた幽霊の斥候兵によって確認できていた。
だが……なぜ今時分になって更に拠点の強化を行なうのか。面積の拡大なら更なる増援に備えたものともとれるが、そうではなくて防備の強化らしい。
『……オルフ、幽霊たちに無理をさせない範囲で、テオドラムの拠点を探る事は可能か? 屋内に潜り込むんじゃなくて、どこでどういう工事が進められているのかを知りたい。拠点だけではなく、その周辺に見張り小屋があるかとか、道の整備がどうなっているかも含めて』
『問題ありません。お任せ下さい、クロウ様』
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『……成る程。単なる兵舎ではなくて、完全に砦として整備が進んでいるな』
数日後、クロウは幽霊たちが丹念に調べ上げてきた配置図を見ていた。
『本陣は塀を強化してその前に空堀。要所には見張り台、これは狙撃ポイントも兼ねているな。本陣の前には足止め用の柵、位置は丁度塀からの射程内。塀には矢狭間か……中々に凝った造りだな。どう思う? ペーター』
『構造としては我が国の基本的な砦のそれですね。規模の割にはしっかりした造りです。周囲に配置した小拠点と連携すれば、簡単には抜けないでしょう』
ペーターの言うとおり、テオドラムは本陣としての砦の周囲に幾つもの抵抗拠点を設けていた。あるものは目立つように、あるものは隠されて。それらの各拠点を繋ぐ道路も、目立たないようにではあるが整備されていた。
『オルフ、テオドラム兵が出没していた場所というのはこの印か?』
地図に幾つか示されている印は、抵抗拠点の更に外側にあった。
『はい。偶々遭遇したケースがほとんどなので、何か意味があるのかどうかは判りませんが』
『これをみると……隣村まで足を伸ばしていますね』
『何の意味があると思う?』
『恐らくですが……偵察もしくは監視のための場所ではないかと』
『だとすると、どう見ても「廃坑」を対象にしたものじゃないよな』
『間違い無くモルヴァニア軍の侵攻に備えてでしょう』
ふむ、とクロウは考え込む。テオドラムがモルヴァニアの侵攻に備えて拠点を整備する。それは良い。しかし、なぜ今頃になって、しかも必死に整備を進めているのだ? 幽霊たちが撮影してきた映像を見ると、明日にもモルヴァニアが攻め込んできそうな感じなんだが。
クロウが首を捻っている傍らで、ペーターも違和感に囚われていた。確かに二個中隊相当の兵舎はあるが、本陣の規模が予想したよりも小さいのである。どう見ても敵の主力を迎え撃つ造りには思えない。
違和感を持つ者はもう一人いた。「怨毒の廃坑」のダンジョンコア、オルフである。戦術や戦力に明るい訳ではないが、そうだとしてもまともな進撃路が整備されていないのはおかしいように感じられた。砦から道なりに進めばその先は「怨毒の廃坑」である。今の構造では「廃坑」の攻撃に備えているように見えるが、その一方で防備は人間の兵士に対するものであって、アンデッドや幽霊に対するものではない。この砦がモルヴァニアに備えてのものだというなら、出撃路が無いのはなぜなのか。迎撃用だとしても、今の状況ではモルヴァニアがシュレクの「廃坑」に接近するとは思えない。だとしたら二個中隊は塩漬けではないか。
三者三様に首を傾げていたところで、その様子を眺めていたハイファが提案する。意見の摺り合わせが必要ではないか、と。




